【第44話】管理者権限と、パスワードのバグ
【第44話】管理者権限と、パスワードのバグ
土煙が吹き荒れる魔界の戦場。
無機質な動作で立ち尽くすルシアン(偽物)から、常軌を逸した数の光線が、無詠唱かつノーモーションで展開されていく。
「排除シーケンス、再実行」
機械的な音声と共に、数十本の光の矢がヴィクトリアの急所へ殺到する。彼女の限界を超えた氷の防壁が削られ、吐き出した血が冷たい大地を赤く染める。
「俺のメシの種(宿主)を壊されてたまるか!」
ゼロスは舌打ちをすると、虚空に無数の仮想コンソール(システムウィンドウ)を展開した。物理的な魔力をぶつけ合うのではない。敵が発動させている魔術のプロセスそのものに、管理者権限で強制的に割り込むのだ。
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【結界改竄アラート】
[System] 大賢者権限(Admin)にて、敵の実行プロセスへ強制割り込み(インジェクション)。
[Process] ロックオンされた空間座標の変数を書き換えます。
[Error] アクセス拒否。対象の自律プログラムは強固なプロテクトで暗号化されています。
[Warning] パスワード不一致。パスワード不一致。パスワード不一致。
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「……チッ、パスワード何回間違えてもロックされないのかよこの敵! 連続入力へのセキュリティガバガバじゃねえか!」
極限の死闘の最中、敵のプロテクトの堅さよりも、システム的な脆弱性に文句を垂れる大賢者。だが、正攻法のハッキングでは間に合わない。光線がヴィクトリアの防壁を貫くのは時間の問題だった。
「なら、こっちのルールをバグらせるしかねえな」
ゼロスは冷え切った目で、自身の首元に刻まれた呪い――ヴィクトリアが彼を縛るために刻んだ『奴隷紋』に魔力を流し込んだ。
『半径100メートル以上離れると、強制的に主人の足元へ送還される』
これまでゼロスの安眠を妨げ、強制的に出張へと引きずり回してきた最悪の足枷。だが、ゼロスはそのシステムコードを逆に読み込み、転送条件の変数を0.1秒単位でハッキングした。
「ヴィクトリア! 防壁を解け!」
「……っ!?」
ヴィクトリアが驚愕しつつも、ゼロスの言葉を信じて防壁を解除した瞬間。
ルシアンの光線が、彼女の心臓を完全に捉えた。
だが、光線が命中するコンマ数秒前。
『ビーッ!』
ゼロスの首の奴隷紋がアラートを鳴らした。
ゼロスが自ら、ヴィクトリアから「半径100.01メートル」の位置へと一瞬だけ魔力で後退したのだ。
直後、強制送還のプロテクトが発動。ゼロスの肉体は一瞬で空間を跳躍し、ヴィクトリアの目の前へと転送される。
「なっ……!」
ザガンが驚愕の声を上げる。
ゼロスは転送されたその勢いのまま、ヴィクトリアの腰を抱き寄せて横へ倒れ込んだ。ルシアンの必殺の光線は、二人がいたはずの空間を虚しく通過し、遥か後方の山を消し飛ばした。
「……奴隷紋の『強制送還』を、瞬時に傍へ転移するバグ技(回避システム)として使ったの!?」
ヴィクトリアが息を呑む。
「ああ。100m以上離れれば、どんな攻撃の最中でも問答無用で『お前の足元』にワープできる。システムの仕様は絶対だからな」
不条理なギャグとして機能していた呪いが、最強の絶対回避システムへと昇華された瞬間だった。
「排除シーケンス、エラー。……座標の再計算を実行」
ルシアン(偽物)がカクンと首を傾げ、再び無数の光線を生み出す。
だが、もう遅い。
奴隷紋の座標バグを利用し、ゼロスはすでにルシアンの背後、完全な死角へと転移していた。
「直接攻撃は疲れるからな。……お前のその面倒なシステム、根本から強制終了してやるよ」
ゼロスの冷え切った右手が、ルシアンの首元――魔力回路の接続ポートへと、静かに、そして確実に伸ばされていた。




