【第42話】友の再ログイン
【第42話】友の再ログイン
土煙が晴れた戦場。
死屍累々たる魔族の骸の山を踏み越えて現れたのは、見慣れたはずの青年の姿だった。
魔王城の地下医務室で、重傷を負い、痛みに耐えながらベッドに横たわっていたはずの人間の監視官・ルシアン。
その指先からは、人間の魔法技術の常識を逸脱した、異常なほど高密度な光の魔術が、無詠唱かつ無機質な動作で次々と放たれていた。
「ルシアン……? なぜ、お前がここに……!」
大賢者ゼロスが目を見開く。
ルシアンは一切の感情を排した声で、ただ事実のみを告げた。
「目標、ヴィクトリア・レヴェンタール。排除シーケンスを開始する」
彼が指を弾いた瞬間、数十本の極太の光線が、ヴィクトリアの首を刎ね飛ばそうと殺到した。
ヴィクトリアが即座に分厚い氷の防壁を展開し、かろうじて光線を弾き返す。だが、その凄まじい衝撃に彼女の脆弱な肉体が耐えきれず、細い腕からピシリと骨が軋む音が鳴り、口の端から一筋の血がこぼれ落ちた。
「ヴィクトリア様ッ!」
ザガンが大剣を構え、ルシアンの前に立ち塞がる。
「貴様……! 人間の軍勢が勝手に崩壊したのを見て、重傷の身を押して前線に出てきたというのか! だが、なぜ魔族だけではなく人間の兵士まで殺しているのだ!」
怒り狂うザガンの背後で、ゼロスの呼吸が浅く、そして冷え切っていく。
ゼロスは、ルシアンが先ほど放った無詠唱の魔術の『構成』を、虚空のシステムウィンドウに展開し、死んだような目で睨みつけていた。
「……違うな、ザガン。こいつは人間軍を助けに来たんじゃない」
ゼロスの言葉に、ザガンが振り返る。
「あの極太の光線。大味な火力に見えるが、違う。対象の急所座標へ0.01秒単位で正確にパケット(魔力)を転送し、確実に『処理』するための、異常なまでに最適化されたプログラム(外法)だ。……この独特なループ処理のコーディングの癖。絶対に見間違えねえ」
ゼロスは、パジャマのポケットに両手を突っ込んだまま、ルシアンの虚ろな瞳を正面から見据えた。
「この前の騒動で物流担当たちを殺し、お前自身の脳内に『ヴィクトリアに襲われた』っていうフェイクログを書き込んだ『システム管理者(黒幕)』は……お前自身だったのか、ルシアン」
その言葉に、戦場の時間が凍りついた。
魔王城に潜む何者かに記憶を改竄された『被害者』だとばかり思っていた親友が、すべての事件を裏で操っていた『加害者』だった。
ルシアンは表情一つ変えず、瞬きすらしないまま、平坦な声で答えた。
「ええ。この戦争を引き起こしたのは、私だ」
「なっ……! 我々を、騙していたというのか!」
信じていた者の裏切り。重厚なシリアスと絶望の空気が、ザガンの絶叫とともに戦場を包み込む。
だが、その張り詰めた空気を、大賢者のどうしようもない舌打ちが切り裂いた。
「……なるほどな。つまりお前、傷病手当と労災保険をダブルでもらいながら、裏で魔界を滅ぼす副業(暗躍)してたってことか。それは完全に就業規則違反だぞ」
「ゼロス!? なぜそこなのだ!」
ザガンがずっこけそうになる。国家の存亡と親友の裏切りという壮大な絶望を、ゼロスは「不正受給」という極小スケールの労務問題へと矮小化して糾弾したのだ。
「うるせえ! 俺はお前みたいに汗水垂らして戦う前衛(力仕事)じゃねえんだよ! ……なあ、ルシアン」
ゼロスはパジャマのまま一歩前に出ると、冷え切った目で、かつての親友を見上げた。
「お前が俺を騙そうが、世界を滅ぼそうがどうでもいい。だが一つだけ確認させろ」
ゼロスの眼光が、鋭く研ぎ澄まされる。
「お前、俺に『いくら借金』がある?」
唐突な問い。シリアスな戦場に全くそぐわない、クソみたいな金銭の確認。
だが、ルシアンは一秒の逡巡もなく即答した。
「……1000ゴールドだ」
その瞬間。
ゼロスの顔から一切の感情が抜け落ちた。
「……そうかよ」
ゼロスは即座に振り返り、血を流すヴィクトリアの腰を抱き寄せて、全力で後方へと跳躍した。
「ゼ、ゼロス!? 何をしている!」
「避けろザガン!! 」
ゼロスが叫んだ直後、ルシアンの足元の空間が爆発的に膨張し、戦場全体を呑み込むほどの極大の閃光が放たれた。




