【第37話】一人ではできない分断工作と、クソみたいな社内政治
【第37話】一人ではできない分断工作と、クソみたいな社内政治
カビ臭い地下牢。
大賢者ゼロスは、虚空に展開した無数のシステムウィンドウを、面倒くさそうに指先で弾き飛ばしていた。
「……そもそも、時間的に無理があるんだよ」
ゼロスはパジャマの首元を掻きながら、青ざめる新魔王ザガンと、無表情な元魔王ヴィクトリアを交互に見遣る。
「レメディウスが真犯人だと仮定しよう。だが、こいつが物流担当たちを殺害した『時間帯』と、監視官ルシアンの脳にフェイクの記憶をインストールした『時間帯』は、ほぼ完全に被っている」
ゼロスは二つのウィンドウ(タイムスタンプ)を重ね合わせた。
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【結界改竄アラート】
[System] 事件発生前後の空間座標と、対象の魔力痕跡をクロスチェック中。
[Process] 現場A(執務室跡)と現場B(監視官の部屋)の同時処理タスクを検証……。
[Warning] 致命的なエラー。両現場間の物理的距離と、精神干渉にかかる演算時間を考慮すると、単一の生体コア(一人の魔族)では処理不可能です。
[Notice] この一連のバグは、単独犯による実行ではありません。
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「こいつ一人じゃ、処理落ちして脳髄が焼き切れる。つまり、物理的に『一人ではできない』んだよ」
ゼロスは牢屋の床に崩れ落ちているレメディウスを見下ろした。
「ルシアンには『ヴィクトリアに似た女が襲ってきた』という【人間側向けのフェイクデータ】を送信した。一方で、殺された魔族の現場には『関係改善派が消された』という【魔界側向けの事実】を残した」
その言葉に、ヴィクトリアの冷え切った瞳が微かに細められる。
彼女の脳内で、バラバラだった事象が、為政者としての冷徹なロジックによって一瞬で結びついたのだ。
「……なるほど。どちらの証拠も、単体で見れば正しい出力結果ね。だが、二つの情報を組み合わせると、人間側は『魔族の裏切り』を疑い、魔族側は『人間の陰謀』を疑う構造になっている」
ドレスの裾が擦れる音が、地下牢に冷たく響く。
「犯人はただ人を殺したのではない。人間と魔界に『都合のいい別々の情報』を流し込んで、両者のネットワークを意図的に分断させようとしているのね」
「正解。物理的な殺人じゃなく、マクロな情報操作がこいつらの真の目的だ」
ゼロスが指を鳴らす。
「別々のノードに矛盾するパケットを送りつけて、システム全体を疑心暗鬼でクラッシュさせる。最高にタチの悪いハッキングだぜ」
国家間の陰謀、そして高度な情報戦。
息を呑むようなシリアスな推理が展開される中、これまで黙って胃を押さえていたザガンが、ふと顔を上げた。
「……つまり、こういうことか?」
ザガンは血走った目で、虚空のログを指差す。
「社内の派閥争いで、営業部には『経理部がお前らの出張費を削ったぞ』と嘘を吹き込み、経理部には『営業部が領収書を偽造してるぞ』と嘘を吹き込んで、役員会議で互いを潰し合わせる……という手法か?」
「お、分かりやすいな」
「ただのクソみたいな社内政治の手口ではないか!!」
国家存亡の危機に関わる壮大な情報工作が、中間管理職(新魔王)の生々しいトラウマによって、一瞬にしてブラック企業の社内政治レベルへと矮小化された。
ヴィクトリアが心底軽蔑したような目でザガンを見るが、ゼロスは深く頷いている。
「スケールがでかいだけで、やってる事のセコさは全く同じだ。しかも、その分断工作を実行するには、魔王城のシステム全体にアクセスできる『ルート権限』が必要になる」
ゼロスは虚空のウィンドウをすべて閉じ、薄暗い牢屋の天井を睨みつけた。
「問題は、その『クソみたいな社内政治』を仕組んだ黒幕が誰で、事件後に一番得をするのが誰かってことだ」
真犯人の輪郭が、あと一歩のところまで迫った。
だがその時、地下牢へと続く階段から、血相を変えた魔族の伝令が転がり込むように駆け下りてきた。
「ザ、ザガン様ッ!! 人間界の王都より、緊急の親書が……!」
伝令の声は恐怖で裏返っていた。
「人間側からの最後通牒です! 『監視官襲撃の説明』および『事件関係者の引き渡し』を要求してきております!!」
ゼロスの足元で、冷たい風が吹き抜けた。
犯人が仕掛けた『分断のバグ』は、すでに最悪の形(戦争の引き金)で、そのプログラムを実行し始めていた。




