【第32話】几帳面な容疑者と、冷徹な恨み
【第32話】几帳面な容疑者と、冷徹な恨み
魔王城、旧資料室。
カビ臭い空気の中、大賢者ゼロスは虚空に展開した数百のシステムウィンドウを、死んだような目でスワイプし続けていた。
「おい、ザガン。魔王城の職員データ、全部開示しろ」
「な、何を調べるつもりだ」
胃を押さえる新魔王を余所に、ゼロスはパジャマの袖をまくり上げる。
「現場の破片は、すべて床に対して『誤差0.1度未満』の同一角度で配置されていた。あんな異常な箱庭を作る奴は、日常的な行動アルゴリズム(癖)にも必ずそれが反映されているはずだ」
ゼロスは指先から魔力を流し込み、魔界の職員名簿データベースへと直接アクセスする。
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【結界改竄アラート】
[System] 人事管理データベースのログ履歴をスクリーニング中。
[Process] 検索クエリ:『日常的な変数の規則性(几帳面さ)』
[Process] 「書類の提出角度」「備品配置の定点記録」「業務フローの反復精度」を解析……。
[Notice] 該当者を1名抽出しました。
[Warning] 対象者のプロファイルに【前体制(ヴィクトリア政権)への強い敵対パラメーター】を確認。
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「……ビンゴだ」
ゼロスは一つのウィンドウを指で弾き出した。
「文書管理官、レメディウス。書類の束は常にミリ単位で端を揃え、デスクの上の魔導具は毎日全く同じ座標に配置されている。おまけに……」
ゼロスは背後で腕を組むヴィクトリアを見遣った。
「こいつ、お前の時代の『強引な領地再編政策』で実家を取り潰されてるな。動機は十分すぎる」
ザガンの顔から血の気が引いた。
「ば、馬鹿な! レメディウスは真面目で、私にも忠実に仕えてくれている男だぞ!」
「なら、本人に直接聞いてみるこったな。どうせ俺はこいつ(上司)から半径100メートル以上離れられないんだから」
ゼロスは首元の奴隷紋を指差し、深くため息を吐いた。
数分後。魔王城の文書管理室。
壁一面の本棚には、背表紙の高さがグラデーションになるよう完璧に計算された書類が並び、息の詰まるような整然とした空間が広がっていた。
「……何の御用でしょうか、ザガン様。それに……」
デスクの奥から立ち上がった細身の魔族、レメディウス。
彼の視線が、ザガンの背後に立つ黒いドレスの女――ヴィクトリアを捉えた瞬間。
室内の温度が、数度下がった。
レメディウスの浅い呼吸が不規則に乱れ、細い指先がデスクの端を白くなるほど強く握りしめる。部屋の空気に、微かな血の匂いと、焼け焦げるような魔力の軋みが混ざった。
「……この魔力は……なぜ、貴様がここにいる。前魔王……ッ!」
明確な、そして極めて純度の高い殺意。
だが、その強烈な敵意の波を正面から浴びても、ヴィクトリアの表情は氷の彫像のように微塵も動かなかった。彼女は冷え切った視線でレメディウスを見下ろし、ドレスの埃を払うように言った。
「私を恨む魔族など、魔界には掃いて捨てるほどいるわ。いちいち自己主張しないでちょうだい。視界のノイズよ」
「貴様のせいで……私の故郷は! 家族は……ッ!」
「合理的な再編よ。旧時代の非効率なインフラを抱えたままでは、魔界は百年持たなかった。貴方の個人的な損失など、システム全体から見れば誤差の範囲ね」
自身を殺意レベルで憎む男を前にしても、一切の呼吸を乱さず、冷徹な為政者としてのロジックで踏みにじる。圧倒的な強者感と、凄まじい温度差。
ザガンが胃液を込み上げさせる中、レメディウスはギリッと奥歯を鳴らした。
「……だが、俺は物流担当の二人を殺してはいない。俺が殺したいのは、そこにいる冷血女だけだ!」
レメディウスは血走った目でゼロスたちを睨みつけた。
「現場が俺の整理の仕方に似ているだと? 馬鹿馬鹿しい。俺はあんな杜撰な配置はしない。それに……」
「あ、俺もそれ思ってたわ」
シリアスな尋問の空気を完全にへし折り、大賢者が面倒くさそうに口を挟んだ。
「お前、異常なほど几帳面なのは認めるが……さっきからお前のデスクの上の『ペン立て』、微妙に0.5度くらい右にズレてるのがすげえ気になってたんだよな。お前の性格なら、机の木目と完全に平行にするはずだろ」
「……は?」
レメディウスが呆然と己のデスクを見る。
「違う……俺は今朝も完璧に……」
「事件があった昨日の夜、お前はどこで何をしていた?」
ゼロスの問いに、レメディウスは答えようと口を開いた。
だが。
「昨日の夜は……俺は……資料室で……あ、がッ……?」
突如、レメディウスの顔が苦痛に歪んだ。
彼は頭を両手で抱え込み、その場に膝をつく。ギリギリと頭蓋骨が軋むような音。彼の呼吸が浅く、急速に速まっていく。
「……どうした?」
「あ、頭が……割れるように……。思い出せない……。昨日の夜の、記憶が……ッ!」
アリバイを隠しているのではない。
まるで、脳内の特定のセクタ(時間帯)にアクセスしようとした瞬間、システムに強力な拒否を弾き出されているかのような、異様な拒絶反応だった。




