【第31話】旧世代の遺物と、交錯する疑念
【第31話】旧世代の遺物と、交錯する疑念
魔王城、物流および外交担当者の共有執務室跡。
二名の魔族が殺害されたその部屋で、大賢者ゼロスは山のように積まれた羊皮紙の海に埋もれていた。
「いいか、殺人の動機を探るなら、被害者が直前に何をしていたか(どの変数を動かそうとしていたか)を追うのが基本だ」
ゼロスは暗号化された通信記録の束を虚空に展開し、目にも留まらぬ速さで暗号を解除していく。
「……ビンゴだ。被害者A(物流担当)は事件の直前、人間側の商人と接触している。そして被害者B(外交担当)も、人間側の外交関係者と連絡を取っていた形跡がある。こいつらは、人間界との関係修復に向けてかなり具体的な実務を進めていた」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の隅で腕を組んでいたヴィクトリアの冷え切った瞳が、微かに揺れた。
「……つまり、二人が死んだことで、人間との関係改善のプロセスは完全に停止したということね」
「ああ。こいつらを殺す理由は、個人的な恨みなんかじゃない。『人間と魔族の関係が改善されると都合が悪い』という、マクロな動機(政治的意図)を持った奴の仕業だ」
現場の異常な偽装工作(コピー&ペーストされた箱庭)。そして、政治的な動機。
ゼロスはパジャマの襟を掻きながら、結論を口にした。
「殺害を実行したのが、交渉を反故にしたい『人間側の工作員』だとしても、戦争を継続したい『魔族側の反人間派』だとしても、どちらのロジックも完全に成立してしまう。全員が怪しいってことだ」
「厄介ね。……ザガンを呼んできなさい」
「お前が呼べよ! 俺は半径100メートルしか動けない名ばかり探偵なんだぞ!」
数分後。
ゼロスに(半径100メートル以内で)呼び出された新魔王ザガンは、胃を押さえながら執務室跡へとやってきた。
「……殺された二人は、現在の魔界には珍しい、極めて優秀な実務官だった」
ザガンは青白い顔で、散乱した羊皮紙を見つめる。
「私の魔力消費の激しい政策(ロマン魔術)のせいで魔界のインフラは崩壊寸前だが、彼らはそんな中で、かつて前魔王が構築した『物流・外交のプロトコル(旧世代のシステム)』を部分的に復活させ、人間との独自のパイプを繋ぎ直そうとしていたのだ」
その新事実に、ゼロスの思考回路が高速で回転し始める。
(……ヴィクトリア時代のシステム、だと?)
ゼロスは即座に、重傷を負った人間側の監視官・ルシアンの言葉を脳内で再生した。
――『ヴィクトリアに似た人物を見た』。
「……なるほどな。点と点が繋がってきたぜ」
ゼロスは死んだような目で、ヴィクトリアを振り返った。
「お前さ、自分が一番怪しいって自覚あるか?」
「は?」
「殺された二人は、お前の時代のシステムを復活させようとしていた。そして監視官は、お前に似た女に襲われたと証言している。どう見ても『元魔王が、新体制を崩して魔界の実権を取り戻すために暗躍している』ようにしか見えねえぞ」
ゼロスの指摘に、ザガンすらもハッとしてヴィクトリアを見つめる。
だが、当のヴィクトリアは、微塵も動揺を見せなかった。彼女は氷の彫像のような無表情のまま、冷たく言い放った。
「馬鹿を言わないで。私がそんな面倒な手口で人を殺すわけないでしょう」
「倫理観じゃなくて『手間の問題』で否定するな! 怖いから!」
「考えてもみなさい。わざわざ人間の監視官を生かして私に似た姿を見せ、自分の関与を匂わせるなど、非効率の極みよ。私が暗殺するなら、証拠すら残さず物理的に塵に変えているわ」
狂った合理性による、身の毛のよだつ完全否定。
だが、そのヴィクトリアの論理こそが、ゼロスを真実へと一歩近づけた。
「……だよな。つまり今回の事件は、『ヴィクトリアを狙った犯行』じゃなくて、『ヴィクトリア(の悪名)を使って、誰かを狙った犯行』ってことだ」
ゼロスの指先から、極小の魔力が迸る。
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【結界改竄アラート】
[System] 事件の変数(動機)から、容疑者のプロファイリングを再構築中。
[Process] 偽装された現場、政治的動機、そして『ヴィクトリアへのヘイト誘導』の変数を統合します。
[Update] 検索条件を【ヴィクトリアの旧体制を強く憎悪する魔族】に絞り込みました。
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「……見えてきたぜ。俺たちが次に調べるべきターゲットが」
ゼロスは冷え切った魔王城の廊下を見据え、口角を微かに上げた。
半径100メートルの呪縛に繋がれた大賢者の知能戦が、いよいよ見えない犯人の喉元へと迫ろうとしていた。




