【第30話】コピー&ペーストされた死体と、几帳面な狂気
【第30話】コピー&ペーストされた死体と、几帳面な狂気
魔王城の一室。二名の要人が殺害された凄惨な現場だというのに、そこには不気味なほどの静寂が漂っていた。
大賢者ゼロスは、床に這いつくばって血痕と空中に残留する魔力波長を死んだ目で交互に睨みつけていた。
「……ねえ。まだ終わらないの」
背後から、氷のように冷たい声が降ってきた。
振り返ると、部屋の隅で腕を組んだヴィクトリアが、氷の彫像のような無表情でこちらを見下ろしていた。ドレスの裾が擦れる音が、異常に静かな部屋で妙に大きく響く。
ゼロスは強制的にヴィクトリアを同伴させられているわけだが、彼女自身もゼロスから離れられないため、結果的に『出張先で仕事がないのに帰らない上司』のようになっている。猟奇殺人の凄惨な現場だというのに、息の詰まる気まずい職場空間が形成されていた。
「……終わるわけないだろ。まだ現場に入って十分だぞ」
「私は暇なのよ。ただ貴方の背中を眺めているだけの生産性のない時間……。こんなことなら、領地の決裁書類の束を持ってくればよかったわ」
「殺人現場で事務仕事すんな! 倫理観バグってんのか!」
「なら早く結果を出しなさい。貴方の遅々とした作業を見ていると、私の血管に余計な負荷がかかるのよ」
背後から突き刺さる上司の無言のプレッシャーが、ゼロスの胃の粘膜をゴリゴリと削っていく。ゼロスはため息を吐き、指先から極小の魔力を流し込んで部屋の環境変数にアクセスした。
二人の大人が命を奪われるほどの戦闘があったにも関わらず、家具の倒壊がほとんどない。壁に飛び散った血痕も、不自然なほどに少ない。
さらにゼロスは、床に散乱している花瓶の破片と、砕けた椅子の木片を交互に見比べた。
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【結界改竄アラート】
[System] 現場の環境変数(魔力残滓および物理痕跡)のディープスキャンを実行。
[Process] 散乱した物品の配置座標とベクトルを解析中……。
[Notice] 異常を検知。砕けた花瓶と椅子の破片が、すべて床に対して『同一の角度(誤差0.1度未満)』で配置されています。
[Warning] 現場の乱数は、何者かによって『コピー&ペースト』された変数群です。
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「……なるほどな」
ゼロスは冷え切った床から立ち上がり、パジャマの襟を掻いた。
「ランダムな乱数(戦闘)じゃなくて、意図的に出力された結果か。ご丁寧に破片の角度まで揃えてやがる」
「どういうこと?」
「殺人現場というより、殺人現場っぽく作った『箱庭』だってことだ」
争った形跡は、誰かが後から丁寧に、恐ろしいほどの几帳面さで配置したものだ。犯人はただ人を殺しただけでなく、この空間全体を異常な執着でデバッグ(清掃)している。
数十分後。ゼロスとヴィクトリアは、殺害された被害者二名(物流担当と外交担当)の執務室跡で、彼らが残した書類を漁っていた。
「いいか、殺人の動機を探るなら、被害者が直前に何をしていたか(どの変数を動かそうとしていたか)を追うのが基本だ」
ゼロスは膨大な羊皮紙の束の中から、特定の暗号化された通信記録だけを抜き出していく。
「……見つけたぜ。被害者A(物流担当)は事件の直前、人間側の商人と接触している。そして被害者B(外交担当)も、人間側の外交関係者と連絡を取っていた形跡がある」
ゼロスの言葉に、ヴィクトリアの浅い呼吸がピタリと止まった。
「二人は、現在断絶している人間側との関係を修復しようとしていたのね」
「ああ。だが、こいつらが死んだことで、その関係改善のプロセスは完全に停止した。……つまりだ」
ゼロスの瞳に、冷徹な理系の光が宿る。
「こいつらを殺す理由は、個人的な恨みなんかじゃない。『人間と魔族の関係が改善されると都合が悪い』という、マクロな動機(政治的意図)を持った奴の仕業だ」
現場の異常な偽装工作。そして、政治的な動機。
殺害を実行したのが人間側の工作員だとしても、魔族側の反人間派だとしても、どちらのロジックも完全に成立してしまう。
「単なる猟奇殺人じゃねえ。事件の背後には、両陣営の対立を煽り、利益を得ようとする存在がいる」
ゼロスは手に持っていた羊皮紙をデスクに放り投げた。
「次なる調査対象は――『こいつらが進めていた関係修復のシステム』そのものだ」
大賢者の鋭い考察が、見えない真犯人の輪郭を論理的に削り出し始めていた。




