【第27話】現場介入と、気まずい空気
【第27話】現場介入と、気まずい空気
ドガンッッ!!
カビ臭い魔王城の最深部で、ザガンの私室の扉が凄まじい轟音と共に吹き飛んだ。
「ひぃっ!?」
「な、敵襲――!?」
ちゃぶ台を囲み、ストライキの決起集会(ただの愚痴大会)で気勢を上げていたゼロスとザガンが、カエルが潰れたような悲鳴を上げて抱き合う。
舞い散る木っ端と土煙の中。
氷の彫像のように一切の表情を消したヴィクトリアが、ヒールを鳴らして一歩、部屋へと踏み込んだ。彼女の周囲の空気だけが、異常なほどに冷え切っている。
「……ずいぶんと楽しそうね。ストライキの計画かしら?」
絶対零度の視線が、凍りついた二人の男を射抜いた。
「きっ、休日の私用外出にまで上司がついてくるとか、どこの監視社会だよ! プライバシーの侵害で労基に駆け込むぞ!」
ゼロスが震える指を突きつけて叫ぶ。
「貴方は休日どころか、無断欠勤の逃亡中でしょうが。親戚の法事の案内状、今すぐここに出してみなさい」
「ぐっ……!」
完全に冷徹な労使交渉のトーンで正論を叩きつけられ、大賢者は言葉に詰まる。
その隙を突き、ヴィクトリアの冷たい視線がちゃぶ台の上の『鈍く光る円盤』を捉えた。
(……あれは、私の魔王時代の……!)
彼女が円盤へ向けて冷え切った指先を伸ばす。
「させるか! それは俺の有給休暇(自由)への切符だ!」
ゼロスがちゃぶ台へダイブし、反射的に魔道具のシステム内部へ極小の魔力を叩き込んだ。
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【結界改竄アラート】
[System] 古代魔導具の所有権変数を書き換え中。
[Process] 防衛プロトコル『持ち出し禁止』をゼロス権限で上書き――
[Error] 外部からの強制的な魔力回路の物理ロック(凍結)を検知。
[Warning] 0.1秒の演算競合。
[Fatal] システムがフリーズしました。アクセス権の変更を棄却します。
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「チィッ! ハードウェアごと魔力で物理ロックしやがったな!」
ゼロスが円盤を両手で抱え込むが、その半分はすでにヴィクトリアの氷のような指に掴まれていた。
「離しなさい、ゼロス。それは当領地の備品よ」
「拾ったのはザガンの部下だ! 遺失物横領で訴える気か!」
「20万件のカスタマーサポートを放置した男が、どの口で法律を語るの」
かつて世界を二分した大賢者と元魔王が、六畳間のちゃぶ台を挟み、薄汚れた円盤を引っ張り合って小学生のような泥仕合を展開する。部屋の隅では、新魔王ザガンが巻き添えを恐れてスルメを抱えながら震えていた。
「もう嫌なんだよ! 毎日毎日クレーマーに謝り続けて、徹夜で頭がおかしくなりそうなんだ!」
ゼロスが血走った目で叫ぶ。
「これさえあれば、俺はあの理不尽な契約から解放される! あんたの顔を二度と見ずに、一生ベッドで眠れるんだよ!」
――あんたの顔を、二度と見ずに。
その言葉がゼロスの口から放たれた瞬間。
円盤を引っ張っていたヴィクトリアの指先から、急速に力が抜けた。
「……え?」
反動でゼロスが後ろに尻餅をつく。
ヴィクトリアは、自らの手がわずかに震えているのを感じていた。
胸の奥で、微細なガラス片が内臓を擦るような鈍い痛みが走る。浅く、不規則になる呼吸。ドレスの擦れるかすかな音が、やけに耳障りに響いた。
(……そうね。彼は、私を心底恨んでいる。タダ働きの奴隷として縛り付けているのだから、当然よ)
冷徹な合理主義で生きてきた彼女が、初めて直面した『己の感情』というバグ。
彼を唯一の対等な存在として、手元に置いておきたい。その歪な執着が、彼を苦しめている。
ヴィクトリアは浅い呼吸を一つ挟み、少しだけ目を伏せた。
「……いいわ」
「へ?」
尻餅をついたままのゼロスが、間の抜けた声を出す。
ヴィクトリアは冷え切った指先をゆっくりと下ろし、感情の消えた声で告げた。
「貴方がそこまで私のもとで働くのが嫌だと言うのなら。……その魔道具を使いなさい」
「……は? マジで?」
「私の気が変わらないうちに、早くしなさい」
彼女は顔を背け、冷たい石壁を見つめた。
絶対に許されないはずの『解放』の許可。
カビ臭い魔王城の一室に、信じられないほどの静寂と、ひどく気まずい空気が降り降りた。




