↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の絶対安眠防衛戦~奴隷紋をハックして究極のヒモになったはずが、元宿敵のブラック労働から逃げられない~  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/57

【第26話】尾行する元魔王と、不器用な感情

【第26話】尾行する元魔王と、不器用な感情


 ボロボロの魔王城。ザガンの私室の薄い扉の向こうから、屈託のない笑い声が漏れ聞こえてくる。


『この魔道具で呪縛(ブラック契約)が解けたら、どうするのだ?』

『決まってるだろ。一生、ベッドから出ない。俺だけの、誰にも邪魔されない究極の安眠を満喫するんだ』


 環境ノイズと同化する極限のステルス魔法(ゼロサム・シグネチャー)を展開したまま、ヴィクトリアは冷たい石壁に背を預けていた。

 ゼロスのその言葉が耳膜を打つたび、胸の奥底で、微細なガラス片が内臓を擦るような鈍い痛みが走った。

 浅く、不規則になる呼吸。壁に添えた指先から急速に熱が奪われ、氷のように白く染まっていく。ドレスの擦れるかすかな音すら、今の彼女には酷く耳障りだった。


(……私は、何をためらっているの)

 前世。圧倒的な魔力と冷徹な合理主義で魔界を統治していた彼女は、常に玉座で一人だった。現在の部屋の主であるザガンたちでさえ、彼女の絶対的な論理を恐れ、誰も隣に立とうとはしなかった。

 彼女の思考速度に追いつき、唯一その論理の隙間を縫って心臓(コア)を貫いたのは、他でもない大賢者ゼロスだけだ。


 憎悪の対象。復讐のための奴隷。

 そう定義づけて【建国王の血璽】を刻んだはずだった。しかし、転生後の領地運営という奇妙な共犯関係の中で、いつしか彼が唯一の「対等な存在」として居座っている。

 ヴィクトリアは、自身の内部で発生している致命的な矛盾(エラー)を、冷徹なロジックで再計算した。


---

【結界改竄アラート】

[System] 契約術式『建国王の血璽』の内部変数を再照合中。

[Warning] マスター(ヴィクトリア)の生体魔力に未定義の揺らぎを検知。

[Error] 奴隷(ゼロス)に対する『報復』の初期パラメータと、現在の『執着(依存)』の変数間に致命的な論理矛盾が発生しています。

[Fatal] このまま稼働を継続した場合、契約システムはいずれ自己崩壊(クラッシュ)します。

---


 ロジックは無情な解を弾き出している。

(……ええ、分かっているわ。私は、今の人間としての役割を気に入っている。これ以上、彼を理不尽な労働に縛り付けておく正当な権利など、もう私にはないのかもしれない)


 ドレスの胸元を強く握りしめ、ヴィクトリアは目を伏せた。

 冷徹なロジカルモンスターが初めて見せた、致命的なバグ。不器用な歩み寄りと、手放す覚悟。

 静寂の中、彼女がそっと扉から離れようとした、その時だった。


『よし、ザガン! 決まりだな! 明日はストライキだ!』


 部屋の中から、空気を一切読まないアホみたいな大声が響き渡った。


『ああ! 我々はこれより労働組合を結成し、カスタマーサポートの全面ボイコットを宣言する!』

『要求は完全週休七日制と、最高級の低反発枕だ! あのパワハラ上司の横暴を、これ以上許してなるものか!』

『そうだそうだ! フォントサイズくらいでガタガタ言うな!』


 ピシリ、と。

 ヴィクトリアの胸の奥で芽生えかけていた繊細なバグ(感情)が、無残に砕け散る音がした。

 浅かった呼吸が、スッと凪ぐ。

 冷え切っていた指先に、再び絶対零度の魔力が凝集していく。


(……ストライキ、だと?)


 環境ノイズと同化していた彼女の極限ステルスが、明確な「殺意」によって物理的な重圧へと変換される。

 哀愁も、孤独も、手放す覚悟も、すべてが台無しだった。壁の向こうの底辺社畜たちの低レベルな宴会ノリが、元魔王の堪忍袋の緒を物理的に引きちぎったのだ。


 ドガンッッ!!


 ザガンの私室のボロボロの扉が、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。


「ひぃっ!?」

「な、敵襲――!?」

 スルメを片手に立ち上がって気勢を上げていたゼロスとザガンが、吹き飛んだ扉の向こうに立つ影を見て、カエルが潰れたような悲鳴を上げる。


 舞い散る木っ端とカビ臭い土煙の中。

 氷の彫像のように一切の表情を消したヴィクトリアが、ヒールを鳴らして一歩、部屋へと踏み込んだ。彼女の周囲の空気だけが、異常なほどに冷え切っている。


「……ずいぶんと楽しそうね。ストライキの計画かしら?」

 絶対零度の視線が、凍りついた二人の男を射抜く。

「きっ、休憩時間中の正当な権利の主張だ! 労働基準法を――」

「黙りなさい。無断欠勤の逃亡者が、どの口で権利を語るの」


 美しくも恐ろしい上司の強襲により、魔界の最深部は一瞬にして、血も涙もない労使交渉の修羅場へと叩き落とされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。