【第24話】魔王城の再会と、歯切れの悪い幼馴染み
【第24話】魔王城の再会と、歯切れの悪い幼馴染み
ポタン、ポタン……。
天井から滴る雨漏りの音が、長年の埃と湿った石の匂いに混ざり合い、魔王城のエントランスに虚しく響き渡っていた。
かつて世界を恐怖に陥れた荘厳な城は、もはや見る影もない。
だが、大賢者ゼロスの思考をフリーズさせたのは、城の惨状ではなく、目の前でバケツにモップを突っ込んでいる男の存在だった。
「……えっと、ご用件はお伺いしておりますでしょうか。足元が滑りやすくなっておりますので――って、あれ? ゼロス?」
「いや、なんでルシアンが、魔王城のエントランスでエプロン着けてモップ掛けしてんだよ」
ゼロスはパジャマ姿のまま、呆然と突っ込んだ。
人間の青年、ルシアン。
かつて辺境で共に育ったはずの幼馴染みは、なぜか魔界の最深部で清掃業務に精を出していた。
「あはは、久しぶりだね。なんでって……王都からの特命だよ。新魔王ザガンの動向を監視する、駐在武官として派遣されたんだ」
ルシアンは気さくに笑いながらモップの柄を握り直す。
だが、ゼロスの目は微細な違和感を見逃さなかった。
モップを握るルシアンの指先が、不自然なほど白く強張っている。言葉を発する直前、視線が右下へとわずかに泳ぎ、その呼吸のトーンが浅く、不規則に乱れたのだ。
張り詰める空気。ゼロスが言葉を紡ごうとした、その時だった。
「あ、ごめん! もうすぐ15時だから、城の備品発注(トイレットペーパーと茶葉)の稟議をザガン様に通さなきゃいけないんだ。立ち話もなんだし、私室へ案内するよ」
「……お前、完全に魔王城の総務部としてこき使われてるだけじゃねえか」
スパイ活動の緊迫感など微塵もない、あまりにもスケールの小さい日常業務。
ゼロスは毒気を抜かれ、ひとまず疑念を脳の片隅へと一時保存した。
案内されたザガンの私室は、エントランス以上にひどい有様だった。
雨漏りを受けるための鍋があちこちに置かれ、カビ臭い湿気が充満している。部屋の中央に置かれた粗末なちゃぶ台の前に、新魔王ザガンがあぐらをかいて座っていた。
「よく来てくれた、ゼロス! 待ちわびたぞ!」
ザガンは血走った目でゼロスを迎え入れると、ちゃぶ台の上に布に包まれた『それ』を恭しく置いた。
「見よ、これが部下が地下で拾った謎のアイテム……前魔王の遺物だ。これさえ解析できれば、お前の奴隷紋を解除できるかもしれん!」
「マジか……! これで俺は、20万件のクレーム対応から解放される……ッ!」
ゼロスは震える手で魔道具に触れようとする。
だが、その指先が触れる直前。
「……ところでゼロス。あの女、前世で私の企画書を読まずに破り捨てた挙句、深夜3時に『やっぱり結界の仕様変更して』って平気で言ってきたんだぞ。ありえないだろ」
ザガンがふと、虚空を見つめながら恨み言をこぼした。
「……わかる。俺なんて、今朝『顧客対応窓口の責任者』っていう、訳の分からない名ばかり管理職に任命されたんだ。睡眠時間をなんだと思ってるんだ、あの冷血女は」
魔道具を前にして、魔王と大賢者の動きが完全に停止する。
「あいつ、報告書のフォントサイズにまで文句つけてくるんだぞ」
「俺なんか、法事で休むって言ったら『エビデンス(葬儀の案内状)を出せ』って詰められたぞ」
気がつけば、奴隷紋の解除作業は一向に進まないまま、ちゃぶ台の上にはルシアンが淹れた安い茶と、炙ったスルメ(魔界のイカ)が並べられていた。
ボロボロの魔王城の奥深く。
そこには、理不尽な上司のパワハラエピソードを肴にして傷を舐め合う、限界を迎えた社畜二人の虚しい愚痴大会だけが響き渡っていた。




