【第23話】20万件のタスクからの逃亡と、魔界からの着信
【第23話】20万件のタスクからの逃亡と、魔界からの着信
「お客様、大変申し訳……あーもうるさい! なんで大賢者様の俺が朝から晩まで『野菜の鮮度が悪い』だの『配送が遅い』だのってクレームに謝り続けてんだよ!」
領主の館、薄暗い客室。
大賢者ゼロスの視界を埋め尽くすのは、赤く点滅する20万件の【未処理タスク】のウィンドウだった。
徹夜三日目。彼の眼球にはびっしりと血走った網の目が走り、焦点はとうに合っていない。浅く不規則な呼吸を繰り返すたび、胃袋の奥から酸っぱい胃液がせり上がってくる。
神聖教国との炎上戦を制し、せっかくインフラを乗っ取ったというのに、その結果がこれだ。
「……あー、キーボード(魔術式)の配列がゲシュタルト崩壊してきた……野菜……土……死……」
意識が混濁し、虚空に向かって意味不明な指の動きを繰り返していたその時。
『ビーッ!』
首元の奴隷紋が、外部からの極秘通信を受信した。
『……おい、サポートデスク(ゼロス)。聞こえるか』
回線の向こうから、新魔王ザガンの押し殺したような声が響く。
「……なんだよ。こっちは今、魔界産のオーガニックキャベツに虫がついてたってクレーム対応で忙しいんだ。掛け直せ……」
『ふふ……まあ聞け。実は今しがた、城の地下を清掃していた部下が、とんでもないものを拾ってな』
「あ?」
『前魔王の私室跡から見つかった、古い魔道具だ。……どうやらこれ、『奴隷紋を初期化(解除)できる魔道具』らしいぞ』
その瞬間、ゼロスの瞳孔が極限まで収縮した。
ドクンッ、と跳ね上がった心臓の鼓動が、全身の毛細血管に爆発的な血流を送り込む。
「……マジで?」
『ああ。だが、私一人では暗号化術式が解読できん。お前の頭脳が必要だ。魔王城まで来れるか?』
「行く! 今すぐ行く! ザガンお前、一生親友な!!」
ゼロスはベッドから弾かれたように跳ね起きた。
だが、問題は首元の奴隷紋だ。今ここで作業を完全にストップして魔界へ飛べば、管理者のヴィクトリアに即座に「業務停止」のアラートが飛んでしまう。
「……なら、俺が作業しているように『偽装』すればいいだけだ」
ゼロスの指先が、目にも留まらぬ速さで虚空のシステムコードを叩き直す。
彼が組んだのは、「if { return "大変申し訳ありません"; }」という、あまりにも短絡的で雑な自動謝罪マクロだった。
だが、ヴィクトリアはログの不自然な挙動を見逃すような甘い女ではない。だからこそゼロスは、極限の演算能力を「監視の目を誤魔化す」という一点のみに全振りした。
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【結界改竄アラート】
[System] 未決裁タスクの処理プロセスに外部スクリプトが介入。
[Process] 自動謝罪ループ(マクロ)の構築を完了。
[Update] 管理者権限への【監視ログ送信】のタイミングに、0.5秒の遅延を挿入します。
[Notice] ログのタイムスタンプ偽装に成功。管理側には『手動での正常稼働』として表示されます。
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「よしっ! これで俺のゴースト(自動処理)が、永遠にクレーマーへ定型文の謝罪を送り続ける! 0.5秒のラグがあれば、あの冷血上司もスクリプトだと見抜けまい!」
国家存亡の魔術戦で発揮されるべき世界最高峰のハッキング技術が、「仕事をサボるためのアリバイ工作」に惜しげもなく浪費された瞬間だった。
ゼロスはすぐさま羊皮紙を引き寄せ、ペンを走らせる。
『急用:魔界の遠い親戚の法事が入ったため、本日は特別有給休暇をいただきます。連絡はつきません』
昭和の中間管理職のような、ベタすぎる欠勤届。
それをヴィクトリアの執務室のドアの隙間にねじ込み、ゼロスは空間転移の魔方陣を展開した。
「さらばだ、コールセンター! 俺はヒモとしての自由を取り戻す!!」
光と共に、大賢者の姿が辺境から消え去った。
――数分後。
転移の酔いに吐き気を堪えながら、ゼロスは魔界の最深部、ザガンの居城へと降り立った。
「……着いた。ここが、今の魔王城か」
冷たい風が吹き抜ける。かつて、自身がヴィクトリアを討ち取るために攻め入った荘厳な城。
だが、見上げたその城は、あちこちの屋根が崩れ落ち、外壁には無数のツタが這い、絶望的なまでにボロボロだった。ポタン、ポタンと、どこからか雨漏りの音が虚しく響いている。
「……予算不足って、マジで深刻なんだな」
社畜仲間の哀れな懐事情に一抹の涙を禁じ得ないまま、ゼロスは重い城門を押し開けた。
その直後。
薄暗いエントランスの奥から、見覚えのある人影が、モップ掛けをしながらひょっこりと顔を出した。
「あれ……? ゼロス、じゃないか?」
「……は?」
魔族しかいないはずの魔王城に、なぜかエプロン姿の人間が立っている。
それは紛れもなく、ゼロスの幼馴染みであるルシアンだった。




