【第21話】自壊する言葉の刃と、ネットワークの接収
【第21話】自壊する言葉の刃と、ネットワークの接収
ゴボリ、と。
泥に塗れた聖女アメリアの口から、赤黒い塊が吐き出された。
彼女の背中を、見えない巨大な質量が押し潰している。
それは彼女自身が煽り立て、システムとして構築した「大衆のルサンチマン(怨嗟)」そのものだった。神輿として機能しなくなったアメリアを『真のノイズ』と認識した信者ネットワークは、数十万の悪意のトラフィックをすべて彼女一人の肉体へと逆流させていた。
「ガ、ァ……ッ、あ……」
無数に破裂した血豆のせいで、もはや言葉を形作ることもできない。
泥を掻き毟る彼女の爪は剥がれ、白目を剥いたまま痙攣を繰り返す。やがて、ビクンと大きく背中を跳ねさせたのを最後に、アメリアは自らが作り上げた狂気の重圧に耐えきれず、完全に意識を手放した。
その顛末を見下ろしていたヴィクトリアは、冷え切った指先で手すりをそっとなぞった。
風が吹き抜け、ドレスの裾が擦れる乾いた音が鳴る。
「……自らの言葉の刃で、内側からズタズタに切り裂かれる。滑稽な末路ね」
彼女は直接、魔法を一つも放っていない。
ただ事実を突きつけ、敵が自滅するのを冷徹に見届けただけだった。
館の客室では、大賢者ゼロスが宙に浮かぶシステムログを眺めながら、大きく伸びをしていた。
「よし。教国からの抗議スパム、完全に停止。トラフィック量ゼロだ」
ゼロスはベッドの上で寝返りを打ち、ようやく訪れた静寂に身を委ねようとした。
しかし、その背後から氷のような声が降ってくる。
「ご苦労だったわ、ゼロス。そのままシステムからログアウトせずに、次の作業へ移りなさい」
「……は?」
振り返ると、いつの間にか客室に入ってきていたヴィクトリアが、アメリアが倒れている荒野の方角を顎でしゃくっていた。
「あの女が構築した『祈りのネットワーク』。教国の数万人の脳に直接繋がっている、極めて強固な通信基盤よ。そのまま捨て置くのは惜しいわ。……当領地のインフラとして接収(乗っ取り)しなさい」
ゼロスの動きが、ピタリと止まる。
「接収って……お前、相手の通信回路を何に使う気だ?」
「決まっているでしょう。広報と営業用のダイレクトラインよ」
ヴィクトリアの血の気のない唇が、冷酷な弧を描く。
ゼロスは信じられないものを見る目で、虚空のキーボード(魔術式)を引き寄せた。
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【結界改竄アラート】
[System] 対象の管理者権限を強制剥奪。
[Process] 祈りのネットワーク(教国回線)の基幹プロトコルをフォーマット中。
[Update] 接続先IPを教国大聖堂から、当領地の『営業統括サーバー』へ再ルーティング。
[Notice] ダイレクトメール(DM)の一括送信機能の実装を完了しました。
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「……おい、マジかよ」
ゼロスは手元のメモ帳にペンを走らせながら、呆れ果てた声を出した。
「昨日まで『異端を殺せ』って絶叫してた軍事回線だぞ? そこを書き換えて、今日から教国の連中の脳内に『辺境産のオーガニック野菜、大特価!』ってスパムメール(DM)を直接送りつけるのかよ」
「顧客獲得コストがゼロの、素晴らしいインフラじゃない。魔界から出向してきている労働力の余剰生産物(農作物)を売り捌く、絶好の巨大市場よ」
「お前、商魂たくましすぎるだろ……」
大賢者は『悪徳商法・リストの横流し』とメモ帳に書き殴りながら、敵の残した武器を容赦なく自軍の利益(売上)に転用する元魔王の冷徹さにドン引きしていた。
数時間後。
すべての設定とテスト送信を終え、ヴィクトリアが執務室へと戻ったのを見計らい、ゼロスはこっそりと奴隷紋の別回線を開いた。
繋ぎ先は、次元の彼方にある魔界の執務室。
「……おいザガン、生きてるか」
『おお、サポートデスク(ゼロス)か!』
通信の向こう側から、ひどく安堵した新魔王の声が響く。
『教国からのクレーム電話(魔力波)がピタリと止んだぞ! おかげで魔王城の空調も復旧した。私の胃の粘膜も、なんとか持ち堪えたようだ』
「こっちも片付いた。クレーマーは自滅し、回線はうちの上司が営業ツールとして乗っ取った」
『なんと……あの女、相変わらず血も涙もないな』
ゼロスはベッドの脇にあったカップに白湯を注ぎ、虚空に向かって軽く掲げる。
「まあ、何はともあれ。大炎上プロジェクトの鎮火、お疲れさん。仮想の祝杯(茶)でも上げようぜ」
『ああ。貴様のような有能な外注先がいて助かっ――』
ザガンの言葉が、途切れた。
同時に、ゼロスの首筋を、氷のように冷たいものがスッと撫で上げた。
背後の空間から、錆びた鉄と微かな香水の匂いが漂ってくる。
「……随分と、楽しそうね」
ゼロスの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
振り返ることすらできない大賢者の耳元で、衣擦れの音が重く響く。
「休憩時間の申請、出ていなかったけれど。勤務時間中に私用チャットで盛り上がる余裕があるなら……次の業務を回しても問題ないわね?」
完全にサボりを見つけた上司のトーン。
次元を超えた給湯室の祝杯は、最も恐ろしい物理的なプレッシャー(背後からの監視)によって、最悪のホラー空間へと変貌した。




