【第2話】安眠の対価は錆びた祈りの味がする
【第2話】安眠の対価は錆びた祈りの味がする
鉛色の空から吹き付ける風が、グランディール王国辺境の乾いた土を巻き上げていた。
領境の門前。粗末な麻服を着た領民たちが、すがるように青ざめた手を組み合わせている。だが、神に見放されたこの極貧の地で、彼らの祈りはとうの昔に錆びついていた。奇跡など起きない。だからこそ、痩せこけた彼らは前に立つ脆弱な没落令嬢の背中に、すがるように重く錆びた祈りをぶつけるしかなかった。
領民たちの視線の先で、ヴィクトリアは単身、冷徹な金属鎧に身を包んだ一団と対峙していた。
新体制派、クロノス侯爵配下の徴税部隊。
彼らの目に感情はない。あるのは「規定の税を納めない辺境は焼き払う」という冷酷な数式と効率だけだ。
「これ以上の搾取は、領民を冬の飢えで殺すことと同義です。撤退を」
ヴィクトリアの声は凛としていたが、その内実は限界に近かった。
華奢な肺が軋む。浅い呼吸を繰り返すたび、喉の奥からせり上がる錆びた鉄の匂い。前世の魔王としての強大な力に、この没落令嬢の肉体は耐えきれず悲鳴を上げている。背中に突き刺さる領民たちの重い祈りを受け止めながら、彼女は氷のように冷え切った指先をドレスの襞に隠し、ひたすらに虚勢を張っていた。
「交渉決裂。これより規定フォーマットに則り、反逆的領主の排除を実行する」
部隊長が無機質に手を振り下ろす。
後方に控えていた魔術師たちが一斉に杖を掲げた。空気が焦げ、致死の熱量を持った炎の魔法陣がヴィクトリアの顔面に狙いを定める。
動体視力は、その起動タイミングを正確に捉えていた。
躱せる。だが、ヴィクトリアはあえて足を土に縫い付けたまま、冷たい微量な魔力を足元へ流し込む。
(……さあ、どう動く? 私の可愛い大賢者。貴方の安眠を支えるメシの種が、消し炭になるわよ)
その頃。領主の館、薄暗い客室のベッドの上。
羽毛布団に深く潜り込んでいたゼロスは、首の付け根を焼くような痛みと、脳内に直接響く甲高い警告音で飛び起きた。
「っ痛ぁ!? な、なんだ!? 敵襲か!?」
寝ぼけ眼をこすりながら首の『奴隷紋』に触れると、紋章が赤黒く明滅している。
視界の端に、主であるヴィクトリアの視覚情報が強制的にポップアップした。
炎の魔術が、彼女の顔面を焼き尽くす寸前の映像。背後からは、領民たちの悲鳴めいた祈りの声がノイズのように聞こえてくる。
「は……? 避けろよ! お前、前世の反射神経なら余裕で躱せるだろ!」
ゼロスは毛布を蹴り飛ばした。
一瞬で理解する。あの女、わざと避けずに被弾しようとしている。自分が死の危機に瀕することで、奴隷紋に仕組んだ『防衛義務の強制タスク』をシステム的に起動させるために。領民の錆びた祈りすらも利用して、ヒモにタダ働きを強要する気だ。
「自分の命を人質にしてタスクを投げてきやがった……! どんなブラック企業だよ! なんでこの奴隷紋の緊急アラートには『スヌーズ機能』が付いてないんだ! 昨夜の詠唱合戦で徹夜明けなんだぞ!」
パジャマ姿のまま、ゼロスは血走った目で空間に指を突っ込んだ。
遠隔から放たれた炎の魔術。その術式構成を、圧倒的な演算能力で瞬時に読み解く。
「うわ、なんだこのコード。なんで末端の火球にグローバル変数使ってんの? インデントも揃ってないし、気持ち悪っ……三流が組んだ術式かよ」
ぶつぶつと事務的な文句を垂れ流しながら、ゼロスは巨大な氷の壁や水流を生み出すような「疲れること(出力)」は一切しない。
ただ、相手の術式の『X・Y座標変数』に対して、0.1ミリだけズレる遅延演算を割り込ませる。
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【結界改竄アラート】
[System] 外部からの変数割り込み(0.001sec)を検知。
[Error] 座標ロックに小数点以下の矛盾が発生。
[Process] 弾道補正……失敗。出力対象を0.1mm右へシフト。
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轟音。
ヴィクトリアの顔面を焼き尽くすはずだった炎の塊は、不自然な強風に煽られたかのように、彼女の髪の毛一本だけを焦がして背後の地面に着弾した。
「……風、だと?」
徴税部隊の魔術師が、自らの杖を見て戸惑う。
「チッ。私の命もこれまでかと思ったけれど……どうやら、この地の祈りはまだ完全に錆びてはいなかったようね」
ヴィクトリアはパニックに陥る領民を背に庇いながら、館の方角へチラリと視線を向け、凄惨な微笑みを浮かべた。
「ふざけんなあああ!!!」
館のベッドの上で、ゼロスは枕に顔を埋めて絶叫した。
「祈りじゃねえ! こっちはリモートワークで0.1ミリ単位の座標修正やってんだよ! 交通費(魔力)も出ないのに!」
文句を言いながら二度寝に入ろうと毛布を被るゼロス。
だが、首元の奴隷紋は赤い明滅をやめない。
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
「……なんで鳴り止まないんだよ」
視界のポップアップを確認する。敵部隊は未だ健在。つまり、領地(メシの種)への脅威は排除されていない。
「……マジかよ。これ、敵が全滅するまで終わらない仕様か?」
絶対安眠を掲げる大賢者の絶望のうめき声が、ふかふかの羽毛布団の中に吸い込まれていった。
「ここまでお読みいただきありがとうございます!
究極のヒモを目指すゼロスですが、果たして彼の睡眠時間は守られるのか……。
『ゼロスのブラック労働を応援したい!』『続きが気になる!』と思っていただけましたら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけますと、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!
(本日は19時にも更新します!)」




