↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の絶対安眠防衛戦~奴隷紋をハックして究極のヒモになったはずが、元宿敵のブラック労働から逃げられない~  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/57

【第1話】大賢者の凱旋

【第1話】大賢者の凱旋


 空が、煮えたぎる血のように赤く染まっていた。

 視界のすべてを覆い尽くすほどの、巨大で複雑な多重魔法陣。魔界の統治者たる魔王が、自らの命を削って展開した「世界を焼き尽くす絶望」が産声を上げようとしていた。

 焦げたオゾンの匂いが鼻を突く中、大賢者ゼロスは乾いた喉を鳴らし、ひたすらに重いため息を吐いた。

「……おいおい、あの規模の術式干渉と、本体への致死攻撃の並列詠唱(デュアルタスク)? 馬鹿を言うな。俺の脳内ブドウ糖がどれだけ消費されると思ってる。これは明確な協定違反だぞ」


 ボヤきながらも、ゼロスの手は一切の無駄なく動く。

 彼の眼球が高速で動き、頭上で展開される魔王の魔法陣の『変数』を読み取っていく。彼が構築するのは、巨大な火炎や氷ではない。

 右手で組み上げるのは、魔王の術式の中心部――その『X・Y座標』へ0.1秒の遅延変数を送り込む、極小の環境ハック術式。

 そして左手で同時に編み上げるのは、魔王の強固な防御壁の「繋ぎ目」のみをピンポイントで貫く、極限まで圧縮された空間断裂の究極魔法。


---

【結界改竄アラート】

[System] 並列詠唱(マルチスレッド)起動。

[Process 1] 魔王軍事結界へアクセス……パスワード照合スキップ。強制書き換えを実行。

[Process 2] 空間断裂魔法、座標(0, 0, 14)へ射出。

[Warning] 対象の術式構成に致命的な論理破綻(バグ)が発生。連鎖崩壊を開始します。

---


 パリィィンッ!

 無機質なガラスが砕けるような音と共に、大陸全土を覆うはずだった脅威が、自らの魔力暴走によって自壊していく。

 同時に放たれた空間断裂の魔法が、無防備になった魔王の胸の中心を正確に撃ち抜いた。

 最小の労力と、最高の演算による完全勝利。

 魔王は死んだ。これでようやく、ふかふかのベッドで一生寝て暮らせる。


 そう信じていた。


「ゼロス殿! 見事な手腕! つきましてはこの古代魔術の解析を明朝までに。ああ、貴方ほどの傑物がいなくなるのは国の損失。監視の者には24時間体制で部屋の前に立たせてありますゆえ、ご安心を!」

 王都へ凱旋した彼を待っていたのは、その規格外の能力を恐れ、骨の髄まで利用しようとする上層部からの果てしない激務だった。


「……寝かせろ」

 三日徹夜した夜。目の下の深いクマをゴシゴシと擦りながら、ゼロスはパジャマ姿のまま城の窓から飛び降り、夜の闇へと消えた。



 冷たい風が吹き荒れる隣国の辺境。土と埃の匂いが立ち込める極貧の領地で、夜逃げ中のゼロスは行き倒れていた。

 彼を拾ったのは、この地を治める没落令嬢ヴィクトリアだった。

 華奢な体が酷い冷えに晒されているのか、彼女の呼吸は浅く、指先は氷のように白い。


「貴方に『奴隷紋』を刻ませてもらったわ。これからは私のために働いてもらう」

 冷え切った声が、館の一室に響く。

「はっ。ふざけんな。俺の目的は完全なるヒモ生活だ」

 ゼロスは舌打ちを一つし、首元に刻まれた術式へ魔力を流し込む。

「……おい、なんだこの契約条文は。第3条第2項における免責事項のフォントサイズが極端に小さいぞ。老眼なら読めないレベルだ。悪徳商法のやり口じゃねえか」

「貴方が自分の意志で同意の魔力サインをしたのよ。役所の窓口に文句を言っても無駄なようにね」

 ヴィクトリアは血の気のない唇を少しだけ歪め、事務的に冷たくあしらう。


「クーリングオフ期間内だろ! ええい、書き換えてやる」

 ゼロスは脳内で術式の『if文』を強制的に挿入する。

『第5条追加:もし防衛義務が発生した場合、被契約者(ゼロス)は一切の労働を免除され、完全なる衣食住のみを享受する』

「……甘いわね。管理者権限によるパッチ修正を実行」

 ヴィクトリアが冷たい指先で空をなぞる。

『第5条修正:ただし、領地が緊急事態と認定された場合、上記の免除規定は一時凍結される』


「緊急事態の定義が広すぎるだろ! ブラック企業か!」

 ゼロスは即座に術式を上書きにいく。

『第6条追加:緊急事態の定義を「レベル5以上の天災」に限定。さらに、いかなる事態でも1日最低8時間の睡眠を労働基準として義務付ける!』

「ならフレックスタイム制を導入するわ」

 ヴィクトリアの呼吸が少し荒くなる。無理な魔力行使で、彼女の喉の奥から微かな血の匂いが漂うが、その目は絶対に主導権を譲らない執念でギラついていた。

『第7条:睡眠時間は月単位での清算とし、コアタイムなしの裁量労働制を適用。主人の判断で業務時間を自由に割り当て可能とする』


「コアタイムなしの裁量労働制は、ただの無限残業(デスマーチ)だろうが! ふざけるな、第8条、物理的労働の完全拒否権を行使する!」

「第8条第2項、頭脳労働(魔術演算)は物理的労働の定義から除外される。貴方はベッドの上からでも演算処理を行いなさい」

「この官僚崩れが! ならば『労働』そのもののルート定義を根底から――」


 ゼロスが奴隷紋の基幹システムを破壊しようとした、その瞬間だった。

 ヴィクトリアは懐から、重々しい装飾が施された呪物――【建国王の血璽】を取り出し、ゼロスの首元の奴隷紋へ物理的に押し当てた。

「なっ、物理的なハードウェア・トークンだと!?」

「第9条特別規定。王家の血璽を持つ者は、システムの例外として全ルート権限を接収する。貴方の労働免除はすべて却下よ」


 ヴィクトリアから放たれた極度に圧縮された魔力が、物理的な認証キーを介してゼロスのハッキングを正面から粉砕し、新たな暗号化術式を無理やり上書きしていく。

 その瞬間だった。

 彼女の指先から流れ込んだ、あまりにも無駄がなく、冷徹で、極限まで効率化された『魔力回路の癖』。

 ゼロスの視界の端に、激しいノイズが走る。心臓が、肋骨を突き破るかのように跳ねた。

 この論理構造。この魔力の編み方。

 数日前、自分が遅延演算を叩き込んで殺したはずの、あの魔王と全く同じ――。


「お前……まさか、俺が殺したあの魔王か!?」

 安眠を絶たれた大賢者の絶叫が、冷たい風の吹く辺境の館に空しく響き渡った。


「ここまでお読みいただきありがとうございます!

究極のヒモを目指すゼロスですが、果たして彼の睡眠時間は守られるのか……。

『ゼロスのブラック労働を応援したい!』『続きが気になる!』と思っていただけましたら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけますと、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!

(本日は19時にも更新します!)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。