【第18話】エコーチェンバーの構築と、純化という名の狂気
【第18話】エコーチェンバーの構築と、純化という名の狂気
神聖教国ヴァレリウス、大聖堂。
外部への通信経路を完全に遮断され、教国内の信者ネットワークのみでループするよう書き換えられた閉鎖空間。
その淀んだ空気の中で、聖女アメリアの狂気は純度を極限まで高めていた。
「……ッ、痛い……口の中が、痛いのよォッ!!」
アメリアは乱れた純白の修道服を掻き毟りながら、ヒステリックな絶叫を上げた。
行き場を失い逆流した魔力が、彼女の口内の粘膜に無数の血豆を形成している。ギリッ、と奥歯を噛み締めるたびに血豆がぐちゃりと潰れ、口の端から赤黒い涎が滴り落ちた。
「でも、分かるわ……! これは神が与えた試練! 私たちの祈りを邪魔する『膿』が、まだこの中に潜んでいるからよ!」
ゴクリ、と生温かい血を飲み込む不快なリップノイズ。
血走った両目を見開き、アメリアは広場を埋め尽くす信者たちをねっとりと睨みつけた。
「私を疑う者は、すべて『膿』よ! 隣を見なさい! あなたの隣にいる人間は、本当に純粋な信仰を持っているかしらァッ!?」
極限まで高められた同調圧力が、数万の信者たちを飲み込んだ。
外部という「敵」を失った防衛システムは、その矛先を必然的に「内部」へと向ける。少しでも教義に反するノイズ(異物)を検知し、排除することでしか、自らの正当性を保てなくなるのだ。
「……はぁっ」
その時、静まり返った広場の後方で、一人の信者が小さく息を吐いた。
隣にいた男が、弾かれたようにその信者の胸ぐらを掴む。
「お前、今ため息をついただろ! 聖女様の言葉にため息をついたな! この隠れ膿め!」
「ち、違う! 今の時期、辺境から飛んでくる花粉で鼻が詰まって……ただの息苦しさだ!」
「言い訳など無用! 異端だ! 浄化しろォッ!」
花粉症による極小の生理現象。
本来なら見過ごされるはずのその些細なノイズが、極限の同調圧力下では「致命的なシステムエラー(反逆)」として認識される。
広場のあちこちで、「瞬きの回数が多い」「祈る手の角度が浅い」といった異常な理由で、信者同士が互いを異端認定し、殴り合い、血を流し合う凄惨な内ゲバ(魔女狩り)が始まった。
同時刻。辺境の領主の館、客室。
「カリッ、サクッ……あー、美味いなこの木の実」
大賢者ゼロスは、ベッドの上に寝転がりながらポップコーンによく似た塩気の強い木の実を放り込んでいた。
彼の視界には、教国内で巻き起こっている狂気のトラフィック(相互監視データ)が、システムログとして絶え間なく流れている。
「よしよし、見事に燃えてるな。閉鎖空間に閉じ込めて同調圧力を限界まで高めると、システムは『純度を高めようとする防衛本能』から勝手に内部崩壊を起こす。俺が手を下すまでもなく、連中は自給自足で勝手に自滅していくってわけだ」
ゼロスは指についた塩を舐めとり、完全に安全圏のITコンサルタント気取りで高みの見物を決め込んでいた。
部屋の隅では、ヴィクトリアが冷え切った目でそのログを眺めていた。
「……愚かな大衆ね。自らの正義を証明するために、自らの首を絞め合っている」
「まあ、あのアメリアって女も、そろそろ限界だろ。発信先のIPアドレスを教国内にループさせてるから、あいつの脳の処理領域はもうパンク寸前のはずだ」
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【結界改竄アラート】
[System] 対象の魔力波、内部ループによる負荷増大。
[Warning] トラフィックの過密により、対象の論理演算領域に致命的エラーが発生中。
[Process] 対象が『論理的解決』を放棄。物理的アクションへの強制フェイルセーフを起動しました。
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突如、ゼロスの視界に警告ウィンドウが割り込んだ。
「……ん? 物理的アクション?」
ゼロスが木の実を咀嚼する口を止めた、その瞬間。
ズドォォォォンッ!!
領主の館の正門が、凄まじい爆発音と共に吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
ゼロスがベッドから跳ね起き、窓の下を見下ろす。
巻き上がる土煙の中、純白の修道服を血と泥でドロドロに汚したアメリアが、肩で荒い息をしながら立っていた。彼女の背後には、互いを監視し合いながら虚ろな目をした数千の信者たちが、地鳴りのような足音を立てて付き従っている。
「……見つけたわよ、膿ィッ!!」
アメリアは口の端から血の泡を飛ばし、館のバルコニーに立つヴィクトリアをねっとりと睨み上げた。
情報ネットワークによる遠隔攻撃を完全に無力化されたアメリアは、ついに論理を投げ捨て、自らの足で直接乗り込んでくるという「最も原始的な手段」に出たのだ。
「出てきなさい、ヴィクトリア! この全信者の前で、私と直接……公開討論(精神攻撃)をしなさいッ!!」
血走った目で叫ぶ聖女。
ゼロスは手に持っていた木の実をポロリと落とし、絶望のツッコミを叫んだ。
「ネットワーク(リモート)で完結してた業務を、なんでわざわざ直接訪問(対面)でやろうとしてくるんだよ! 交通費の無駄だろ、帰れええええッ!」




