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大賢者の絶対安眠防衛戦~奴隷紋をハックして究極のヒモになったはずが、元宿敵のブラック労働から逃げられない~  作者: あめたす


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【第17話】血豆とヒステリー

【第17話】血豆とヒステリー


 ゴクリ、と。

 神聖教国ヴァレリウスの大広場に、ひどく生々しい嚥下音が響いた。


 純白の修道服を纏う聖女アメリアは、口内に広がった錆びた鉄の味を、無理やり喉の奥へと飲み込んでいた。

 舌先でなぞる粘膜には、すでにいくつもの血豆が形成されては破裂を繰り返している。痛みに顔を引きつらせ、「ツッ……」と不自然に息を吸い込むたび、彼女の端正な顔立ちから慈愛の皮が剥がれ落ちていく。


「どうして……どうして分からないのォッ!?」

 ねっとりとした低い声はとうに消え失せ、広場を劈くのはヒステリックな金切り声だった。

 アメリアは苛立ちのままに、自らの胸元を乱暴に掻き毟る。純白の生地が裂け、爪が肌に食い込んで赤いミミズ腫れを作った。

「私たちの正義が、神の言葉が、なぜあの『膿』どもを焼き尽くさないの! 足りない……あなたたちの祈りが、怒りが、まだ圧倒的に足りないのよォッ!!」


 彼女はさらに信者たちを煽り立てる。大衆のルサンチマン(怨嗟)が魔力波となって空へ立ち昇る。

 だが、その魔力はどこにも届かない。

 魔術回路における絶対の法則――『対象に干渉できない魔力は、行き場を失い発信者への負荷(フィードバック)として逆流する』。

 ゼロスによって完全にミュート(分散処理)された結果、数万人の悪意はぶつかる壁すら見つけられず、指向性を束ねていたアメリア自身の肉体へと物理的なダメージとなって回帰していたのだ。


 ギリッ。

 無意識に食いしばった奥歯が、再び口内の肉を噛み裂く。

 アメリアの口の端から、一筋の赤い線が垂れた。もはや言葉を紡ぐたびに血の泡が弾ける凄惨な姿だったが、彼女の瞳孔は狂気に見開かれ、さらなる熱狂を信者たちへと伝播させていく。



 一方、辺境の領主の館。

 ヴィクトリアは執務室の窓辺に立ち、氷のように冷え切った指先で自身の唇をそっとなぞっていた。

 数時間前まで彼女の内臓を軋ませていた見えない重圧(デバフ)は、嘘のように消え去っている。


「……愚かね。放った言葉(呪い)が届かないのなら、立ち止まって自らの術式を疑うべきよ」

 ヴィクトリアは浅く静かな呼吸を取り戻し、遙か遠くの教国へ向けて凄惨な微笑みを向けた。

「行き場を失った大衆の悪意を、たった一人の肉体で受け止めればどうなるか。自らの言葉の刃で、内側からズタズタに切り裂かれるがいいわ」



 その頃。客室のベッドの上では、大賢者ゼロスが宙に浮かぶモニター(システムログ)を眺めながら、深いため息を吐いていた。


「あーあ、お客様、完全に怒りの沸点超えちゃったよ」

 ゼロスはパジャマの腹を掻きながら、呆れたように呟く。

「クレーマーが一番キレるのは、反論された時じゃない。『完全に無視された時』なんだよな。自分が特別に扱われないって現実が許せなくて、さらに声を荒らげて自滅していく」


 ゼロスの視界には、教国から放たれ、行き場を失って逆流(パケット・コリジョン)を起こしている魔力波の数値がはっきりと可視化されていた。

「相手に届かないトラフィックが、発信元(アメリア)のポートで大渋滞を起こしてハードウェア(肉体)を焼いてるのか。自業自得とはいえ、このままじゃ俺たちのサーバーにいつまでもスパム通信が来続けて鬱陶しい」


 ゼロスはベッドの上で寝返りを打ち、片手だけで虚空の魔術式(システムコード)を弾き始めた。

「クレームの処理で一番手っ取り早いのは、クレーマー同士で勝手に議論させることだ」

 大賢者の瞳に、冷徹な理系の光が宿る。


「あいつの信者ネットワークの変数を弄って、外部への通信経路(ゲートウェイ)を完全に遮断する。アメリアが発信する魔力波の宛先IPを、すべて『教国内の信者たち』へ向けてループするように書き換えてやる」


---

【結界改竄アラート】

[System] 情報魔術のルーティング設定に介入。

[Process] 対象(アメリア)から発信される魔力波の宛先変数を書き換え中。

[Update] 宛先IPを外部(辺境・魔界)から、内部(神聖教国・信者ネットワーク)へ強制変更。

[Notice] パケットのループ設定を完了。閉鎖空間(エコーチェンバー)の構築に成功しました。

---


「よし」

 ゼロスは満足げに毛布を引き寄せた。

「これであいつの祈り(SNS)は、身内の信者しか見てない裏垢になった。外界から切り離された空間で、過激な思想だけを反響させて、勝手に茹で上がってくれ」


 完全なる放置。

 それは、正義に酔いしれる者たちにとって、どんな攻撃よりも残酷な処刑の始まりだった。


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