ep9
新しいコンテンツのダウンロードを開始しますか?
俺は迷わずYESを選択した。
“アシュリー・セラスおよびヴァルキリーの
アップデートファイルのダウンロードを行います“
という文字と共にゲージが現れ、
文字が目で追えないほどの速度でゲージが入れ替わる。
それは一瞬で終り
“ダウンロードが完了しました。自動的にインストールを
開始します。“
という言葉に切り替わった。
その瞬間、少しだけ、目の前にノイズが走ったような
気がした。
「何だ…頭がぼやける…」
俺は意識が遠のく感覚を覚えた。
そして気が付くと、視界は白一面の光の中に
いるようだった。
何もない世界。
無音…
風も、匂いも、何かの気配も無かった。
「ここは…知ってる…」
その時どこからか声がした。
「お久しぶりです。ギリク・スタイラム。」
声の方向に視線を送ると、そこには
誰かが立っていた。
「あんたは…」
「ええ、あなたと会うのは二度目ですね。」
その人物は、俺がこの世界に生を受ける直前に
会った女に違いなかった。
「もう一度あんたに会ったら聞こうと思ってた
事があったんだ。」
実際聞きたい事は山ほどあった。
「なんでしょう?」
女はそう答えたが。
そういえばこの女、首から上が靄がかかって見えないのだ。
表情が伺い知れず、感情が読めない。
「まず、俺は一度死んだのか?」
俺はこれが一番気にかかっていた。
「ええ、残念ながら。」
女の言葉に抑揚は無い。
「あいつの弾が当たったんだな?」
「そうです。
あなたのよく知る人物に頭を撃ち抜かれて。」
「あいつはいつから敵だったんだ?」
俺は徐々に心に湧き上がってくるものを必死で抑え込んだ。
「最初からです。敵でもあり、味方でもあった。」
「なんとなく読めてきたよ。
でもまあ、仕方ない。所詮騙し合いの世界だ。」
「彼も来ていますよ。この世界に。」
「何…?」
その瞬間、俺は頭に血が上り
奴をどう始末するか頭をフル回転させていた。
「ひとつ言っておきたいのは…
この世界で彼が敵かどうかは、わからないという事です。」
抑揚のないしゃべり方が俺を少し苛つかせた。
「そうかもしれん、だが少なくとも
俺は確かめねばならない。
俺が組織から裏切られたのか
奴が組織を裏切ったのかを」
「そんな事を今更確認する必要がありますか?」
「奴がこの世界に来ていて
同じ空気を吸ってるならば」
俺がそう言うと、女はほんの少しため息を
ついたように言葉を繋げた。
「……ひとつ朗報とでもいいましょうか…
あなたの弾丸も、彼の眉間を貫きました。」
やはり、俺の読んだ軌道は間違っていなかったのだ。
少し溜飲が下がった。
「それと…なぜ俺はこの世界に生まれたんだ?」
根本的な質問だ。
「それは……
あなたがこの世界にとって
必要だからでしょう。」
女の言葉は少し歯切れが悪くなった。
「何か隠しているのか?
言葉に詰まっているようだが」
冷静ぶった女を追い込むのはあまり趣味ではないが。
「今は知る必要はありません。
生き延びたいのであれば…
日々を生き、積み重ねるのです。
いずれ知るでしょう。」
なるほど…
今知るべきではない情報というわけだ。
だが含みを持たせた言い方で、俺がこの世界に
来た事は何か目的があったという事はわかった。
まあ、乗っておくより他ないが…
「俺は誰かに使われているのか?」
「捉え方にもよるでしょう。」
「何をそんなにもったいぶるんだ?」
「私はただの使いだからです。
これ以上の事は知りません。」
「わかった。これ以上は聞かないでおこう。」
「それと…あなたのステータスを少し調整させて
頂きました。」
「……」
すると、目の前にパネルが表示された。
「そのパネルは、思えばすぐに表示されます。
他の人には視認する事はできません。」
女が言った。
NAME;アシュリー・セラス
LV:15
武器;ヴァルキリー
状態:通常
残弾数;25
ステータス
精密;20
精神;20
威力;20
射程;500m
スキル
サイレント/ロックオンx20/クイック/ヒールショット
「ずいぶんとレベルが下がったな。」
「もちろん、あなたはレベル99になるために十分な経験値を
手に入れました。でも、5歳児の肉体では
あのレベルには対応できません。」
「なるほど。」
「しかし一度レベル99になる必要がありました。」
「アマテラスって奴とのリンクか?」
「そうです。条件がレベル99になる事だったからです。」
「アマテラスとはなんだ?」
「……あなたの相棒 とでも言いましょうか…」
「そんな言い方じゃわからん。」
俺の声のトーンが上がった。
「あなたは前世でも、相棒だったのですよ。」
「なんだって?」
その瞬間、周りの景色は白み始めた。
「ちょっと…待て…聞きたいことがまだある…」
鳥のさえずりが聞こえる。
窓から差し込む陽の光が、眩しい。
俺はいつの間にか寝てしまったらしい。
昨日の事を思い出す。
あのパネルを思い出すと、本当に目の前に
現れた。
レベル15…
やはり夢ではなかった。
だが、頭の中は整理できていない。
その時
「アシュリー!」
母の声がした。
「はーい」
俺は返事を返した。
「いつまで寝てるの?」
言うやいなや母が部屋に入って来た。
パネルは目の前に出っぱなし…
だが気が付いていないようだ。
「…?」
俺は母をぼんやりと見つめた。
「あなた今日、私とエクセシア王都まで行くって言ってたでしょ?」
「…そう言えば昨日そんな話をしてたような…」
「早く着替えなさい、馬車の時間に遅れちゃうわよ。
朝食を食べて支度して!」
そうだ、思い出した。
たしか昨日そんな話を…
「父さんは?」
「もうとっくに仕事に行ったわよ。」
そう言いながら母は部屋を出て行った。
◆
乗合馬車の停留所は、村のはずれの細い街道沿いにあった。
2頭立ての幌馬車がすでに止まっていた。
母は幼い妹達の手を引き、俺はロバートと並んで
ゆっくりと向かっていた。
「おはよう、オンジ」
と母が馬車の横に立つ初老の男に声を掛けた。
「おはようございます、エミリア様、相変わらずお美しい。」
「またまた、そんなこと言って!
王都までお願いね。」
母はオンジの肩をポンと叩いた。
御者のオンジは目を細めて微笑んだ。
「おやおや、この子がアシュリーかい。」
オンジは俺を見てそう言った。
「初めまして。オンジさん」
俺は頭を下げた。
「ほほー 礼儀もしっかりしとる。
悪ガキリースに似んでよかったのお!
アシュリー」
「え? 父さんって悪ガキだったの?」
「ああ~ そりゃあもう…問題児も問題児…」
オンジがそう言いかけた時
「その辺にしといてやれ オンジ…」
ロバートが制止した。
「ああ…ロバート様…こりゃ失敬…」
「フフフ…」
と母は笑った。
◆
馬車はゆっくりと進んだ。
やがて道の周りには木が少なくなり
広大な田畑の中を通る一本道になった。
空には雲一つなく、鳶が輪をかいて飛んでいた。
俺はうつらうつらとしながら、ぼんやりと景色を
眺めていた。
妹たちは母の膝枕でぐっすりと眠っていた。
その時、俺の目の前に文字が出現した。
“近くに脅威あり 警戒せよ“
と。
それと同時に、御者のオンジが
「おかしい 前方に煙が見えるぞ」
と言った。
オンジは馬車を止め、遠眼鏡で前方を確認した。
「まずいな…ゴブリンだ。
しかも群れだ。あそこは、婆さんが一人で住んでるんだ
ありゃもうだめだ…」
「こっちに来やがったら八つ裂きにしてやるわ。」
ロバートが息巻いた。
「ん…? 誰かが戦っておるぞ…
おお…誰かは知らんが鎧を着た剣士が一人で…」
とオンジがつぶやいた。
「なんとか近くまでいけないかしら?」
母のエミリアが言った。
「できるなら行きたくありません…
この馬車には、あんたらの他に
年老いた婆さんと、幼子、それに
大切な荷物が入っとるで」
オンジはこまった顔でそう言った。
乗客は俺たちだけではなく、他に3人の
乗客が乗っている。
「僕がやってみます。」
他に選択肢は無かった。
助かる命ならば、助けない選択肢は無い。
「アシュリー、あそこまでは300mはあるぞ
いくらなんでも無理じゃないか?」
ロバートの眉間の皺が一層深くなる。
「それでも…」
俺は口を一文字に結び、馬車の幌の上に上った。
俺は屋根の上に寝そべり、ヴァルキリーを呼びだし
スコープを覗く。
一連の動作を一呼吸で行う。
なだらかな下り坂が続き、左にカーブしたあたりに
ぽつんと一軒の小さな家が建っていて
その家を囲むように数十匹のゴブリンが
取り囲んでいる。
入り口に一人の兵士がいて、群がるゴブリンたちと
対峙していた。
男は飛び掛かるゴブリンを一体ずつ切り伏せていたが
ゴブリンの投擲武器や弓矢の攻撃により徐々に
押し込まれていた。
群れの後方に視線をやると、通常のゴブリンよりも
一回り大きなゴブリンがマントをはためかせながら
腕組みをしていた。
あいつが指示役だな…
トリガーを軽く押し込むと、ヴァルキリーのスコープが
指示役ゴブリンのコアを特定した。
なんて事は無い、あとは引き金を引くだけだ。
と思った瞬間、指示役ゴブリンがこちらにくるっと
振り返った。
「バレた」
ゴブリンはそのままこちらに向かって走って来る。
「速い…」
しかもわざとジグザグに動いて、攪乱しているような
動きをしている。
だが、俺は冷静だった。
こんな時ほど、心が静かに保たれる。
俺は肺に残った空気をゆっくりと吐き出し
一度だけ引き金を引いた。




