ep10
ヴァルキリーから放たれた弾はゴブリンの眉間を
撃ち抜いたはずだった。
だがゴブリンの勢いは衰えず、猛スピードで
こちらに向かってくる。
「おい!でかいのがこっちに向かってくるぞ!」
オンジがそう言うと
ロバートと母は素早く馬車の前に立ちはだかり
詠唱を始めた。
だがゴブリンは急激に崩れ落ちた。
そしてそのままの勢いのまま滑って来たが
土煙をあげてロバートの足元で止まった。
「なんちゅう生命力じゃ…
それにしてもアシュリー‥‥
う~む。」
ロバートが小さく唸った。
俺はすでに群れの方に照準を合わせていた。
ロックオンx20を使えば一気にカタをつけられる。
俺はそう思っていた。
だが
“遠距離の為、ロックオンは使用不可能”
という文字が現れた。
このスキルの有効射程範囲が不明だ。
今はそれを探っている時間は無かった。
ならば一体ずつ始末するしかない。
◆
兵士は押されていた。
「くそ…詠唱する間もない…」
目の前の3体は今までのよりも少し手ごわかった。
短槍と盾で武装していた。
「こいつら、戦い慣れている」
そして兵士は悪い事態が重なった。
昨日の国境でのバイゼル兵との小競り合い
の時に受けた腹の傷が再び開き、出血がひどく
なってきていた。
「もはや、ダメか…俺は年寄一人守れないのか…」
その時、ガラスの割れる音がした。
ゴブリンが窓を割ったのだ。
「ひいいい!」
家の中から年老いた女性の叫び声が聞こえた。
「しまった…」
だが目の前の3体が結構手ごわい。
窓を割ったゴブリンは即座に侵入を開始した。
だがその瞬間、ゴブリンは動きを止めた。
手足をだらりと下に向け、窓枠に引っかかった。
「!?」
見るとそのゴブリンは頭から血を流していた。
だがゴブリンの勢いは止まらず、割れた窓から次々と
侵入しようと群がり始めた。
だがまたもやゴブリンは次々と動きを止めていく。
瞬く間に窓の下に、五、六体のゴブリンの屍が
転がった。
「誰だ? 援護か!?だが、誰でもいい!」
兵士はこの瞬間を逃さなかった。
そして吠えた。
「おおおおおお!」
3体のゴブリンは、兵士の叫びと窓の下の死体を見て
怯み始めた。
兵士は詠唱を始めた。
かざした剣に数字や記号が展開していく。
「風の聖霊よ、力を…」
兵士がそう言って剣を掲げ、一振りすると
目の前のゴブリンたちは一瞬で胴体が切断された。
それを見た他のゴブリンたちはパニックを起こし
一斉に霧散し、逃げていった。
兵士はその場にガクッと片膝をついた。
◆
馬車が小屋の前に到着すると
「おーい!大丈夫か?」
オンジが兵士に言った。
兵士は剣に寄りかかり、腹を押さえていた。
だが出血の量がひどい。
「見せて」
母は、一目散に駆け寄り、言葉も交わさぬまま
兵士の手を自分の肩に回し、小さなベンチに
腰かけさせた。
そして手を兵士の傷口に当てた。
母の手のひらは淡い緑のオーラを纏い、兵士の傷を癒していった。
そして程なく出血が止まった。
「とりあえずは応急処置よ、だけど出血量が多いから
安静にしておくべきだわ。」
と母は言った。
「ありがとうございます…
あなた方は命の恩人です…」
「いやいや、お主はエクセシア兵の鑑じゃ。
命を懸け、弱き民を救ったのじゃ。」
「!? あなたはロバート老師では?」
兵士の目の色が変わった。
「ああ、昔はそう言われてたの…
今は只の無職の歯抜けじじいじゃ。」
ロバートはそう言ってニッと笑った。
「し、失礼致しました。
無礼な態度をお許しください!」
兵士は慌てて地に伏せようとしたが
「動かないで!」
と言って母が止めた。
俺はロバートを見た。
「なんじゃアシュリー、信じられん
って顔じゃな わしも昔は結構すごかったんじゃ」
そういって、しなびた腕で力こぶを作った。
「申し遅れました。
私はエクセシア第二歩兵師団、副団長の
マルトマイヤー・バスターダインと申します。
一人で視察に来ておりましたが不覚をとりました。」
そう言って頭を下げた。
「なんとお礼を申しあげれば…。」
エミリアに付き添われ、老婆がゆっくりとこちらに
歩いてきた。
「お婆さん…だから僕は何度も言ったんだ…
一人暮らしは危険だって。
だけど、無事でよかったよ。」
マルトマイヤーが言った。
「本当に…そうでした…
夫の残したこの家と畑を手放せなかった…」
老婆の頬に涙が伝った。
「今はその話はよかろう
マルトマイヤー殿」
ロバートが言った。
「はい…たしかに…失礼致しました。
あの、それはそうと、先ほどゴブリンと
戦っている時に援護して頂きました。
あれはロバート様が?」
マルトマイヤーはロバートを見た。
「いやいやワシじゃない…
この子じゃよ…」
ロバートは俺の頭に手を置いた。
「え!? ロバート殿それは
あまりにご冗談が…」
マルトマイヤーはロバートの目が嘘を言ってない
と理解した。
「な…え…? この子は…
まだほんの… どうやって!?」
マルトマイヤーは俺の目を見た。
最初は子供を見る目だったが
やがて、俺の瞳を見るその視線は鋭いものに変わった。
「ふふ…なるほど…
君、名前は?」
「アシュリー、アシュリー・セラスです。」
俺は頭を下げた。
「セラス…? セラスって…まさか…」
「さよう、リースのせがれじゃ」
ロバートが顎髭をしごきながら言った。
「リース団長の!?…という事はこの女性はもしや…」
「エミリア姫じゃ」
「ええーっ!! こ…こ…これは 失礼致しました!」
マルトマイヤーは素早く地面にひれ伏した。
だが、失血によりその場にへたり込んでしまった。
「ほら言わんこっちゃない…」
ロバートは呟いた。
◆
「で、なぜこんな所にゴブリンが発生しているんじゃ?」
ロバートがマルトマイヤーに問うた。
「実は、それを調べていたんです。
近くの田畑もだいぶ被害に遭っておりまして。
3日前も近くの畑が荒らされ、一人が
亡くなるといういたましい事件があったばかりでした。
私は、このお婆さんの説得にたまたま
ここを訪れたんです。」
「婆さん、名前は?」
ロバートが言った。
「エガレットです。エガレット・ミルナと申します。
実は、マルトマイヤー殿が何度も来てくださり
王都への転居を薦めてくださいました。
そしてこの度、ようやく踏ん切りがついたところで
ございました。もっと早く決断していれば
皆さまにご迷惑をかける事も無く…」
「お気持ちはわかりますわ、エガレット。」
母はうな垂れるエガレットを優しく抱いた。
「エガレットさんの住まいは国が用意しています。
ここよりはずっと狭いですが…
同じような境遇の方々が周りにたくさん
いらっしゃる所です。」
「ああ、なんと、ありがたや…」
「それでは、このまま一緒に行こうかの。
エガレット、とりあえず貴重品だけを鞄に
詰めとくれ。」
馬車はマルトマイヤーとエガレットを乗せ
王都に向かって走り出した。
マルトマイヤーは馬車に乗るとすぐに気を失った。
◆
「通ってよし——!」
門兵の大きな声で俺は目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
巨大なアーチ状の入り口の扉は大きく開かれている。
その扉は、大木を何本もつなぎ合わせて作られていて
人の背丈よりも大きな4つの蝶番で取り付けられていた。
門の入り口から一直線に続く大通りのはるか先には
巨大な純白の城がそびえ立っていた。
白地に緑のラインが入った旗がはためいている。
その姿は澄み切った青空にとても映えていた。
壮麗で優美な姿だった。
通り沿いには屋台や露店などが埋め尽くし
人々の活気に満ちていた。
だがよく見ると、住宅や商店の一部は半壊していたり
更地になっている場所も少なくは無かった。
激しい戦闘がここでも行われた事を物語っていた。
「いい国じゃろ?」
馬車に揺られながらロバートが言った。
「うん」
俺はぼんやりと返事を返した。
俺がここに生まれ変わった意味をなんとなく
理解した気がした。
所々に鎧を着た兵士が立っていて
4人一組の見回りの兵もあちらこちらで見かけた。
それはこの国がまだ戦争中なのだと思わせる
光景であった。
「ここで止めてください。」
いつの間にか起き上がっていた
マルトマイヤーはそう言った。
マルトマイヤーは
御者のオンジの肩を借り
大きな建物の中に入って行った。
ほどなく、鎧を着た若い兵士がこちらに
駆けてきた。
「失礼致します!
私はバスターダイン副隊長の部下であります。
この度は副隊長の命を救って頂き
ありがとうございました!
お礼は後日必ず改めますと
お伝えせよと申し付かりました!」
「いやいや、気にせんでええ」
ロバートは手を振っていった。
「いや、それでは収まりません。
後日、必ず。」
「それと、エガレット殿はこちらに
おられますか?」
「はい…」
「副隊長がお連れせよとの事です。
ご同行お願いします。」
そうして、兵とエガレットは建物の中に消えていった。
「さあ、わしは今から王宮に行かねばならん
一旦、別行動という事にしようかの」
ロバートが言った。
「そうね、私たちは一旦、部屋に行きましょうか」
母のエミリアが言った。
「部屋?」
「そうよ、言ってなかったわね
ここに私の部屋があるのよ。」
母がそう言った時、母の鞄がもぞもぞと動き出した。
「何なの?」
母はそう言って鞄を開けると
キキッといってデオの頭がひょいと顔を出した。
「デオ!こんな所にいたのね?
出かける時に探したのよ!
てっきり山に帰っちゃったのかと思ったわ。」
嬉しそうな母だったが
肝心のデオは大きなあくびをしていた。
「デオ!」
「デオ!」
双子の妹はきゃっきゃと喜んだ。
デオは2人の頭をぴょんぴょんと行き来しながら
楽しそうに跳ねまわった。
俺は双子の妹のアンの手を引き
母はルイの手を引いて雑踏を歩いて行った。
デオは何故か俺の頭に乗っている。
母の後をついて、いくつかの角を曲がり進んで行くと
だんだん、道幅が狭くなり、ついには人が並んで歩けないような
細い路地に入った。
その時
「エミリア様」
と、落ち着いた男の声が聞こえた。
声の方を見ると暗がりに誰かが立っていた。
「こちらでございます。」
すっと現れたのは、黒いタキシードを着た初老の男だった。
「久しぶり、ワイゼル」
母はうれしそうにそう言った。
「さ こちらへ」
ワイゼルと呼ばれた男は母の荷物をすっと持つと
俺の方に向き直り
「お荷物を アシュリー様」
そう言って俺の荷物をさっと手に取り
手を奥に差し伸べながら、歩いて行った。
俺たちは後に続いた。
ワイゼルという男の一連の動作は
洗練されており、全く隙の無い所作だった。




