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ep11

「ありがとうございます。」

俺はワイゼルにそう言った。


ワイゼルはゆっくりと俺に微笑んだ。


少し行くと下に降りる階段があった。


「足元にお気をつけて」


その時、デオがワイゼルの頭に飛び乗った。

ワイゼルは少し微笑んだが

俺たちからは視線を外さない。

その光景は少しおかしかった。


先に降りたワイゼルが母の手を取った。

続けて俺。

妹の手を引く俺たちのペースにも全く

イラつく様子はなかった。


降りた先に扉があった。

古い扉だ。

かつては青い扉だったのだろう

かすれた青色の塗装の名残があった。

消えかけた文字で、セオドア洋品店と書かれていた。


白い手袋をしたワイゼルは真鍮でできたドアノブをつかみ

ゆっくりとドアを開いた。


「さあ」

ワイゼルに手引きされ入った部屋は、入り口までの

景色とは全く違うものだった。


ドアが開いた瞬間、古びた家具と落ち着いた色調が目に飛び込んできた。

派手さはない。

しかし、この部屋に置かれた品々が一級品であることは、素人目にも明らかだった。

テーブルダイニングチェア、ソファ…

家具はどれも古い。

しかし、使い込まれた傷さえ味わいに変えるほど丁寧に手入れされていた。

派手さはないが、

俺にも、それらが一流の職人による品だということだけは分かった。


人気のない路地裏の街角の地下にこのような部屋があるとは。


アーチ状の窓には薄い生地のカーテンがかかっていた。


俺はカーテンを少し開け、窓の外を見た。


そこからは街が見下ろせた。


「不思議ですか?」

ワイゼルが紅茶を淹れながら言った。


「僕たちは地下に降りたはずです。

どうして街が見下ろせるのですか?」


「いい事にお気づきになられましたね。

アシュリー様、あなたはエミリア様の後について

来られた時、何かお感じになられましたでしょうか?」


「……!?」

俺のハッとした表情をワイゼルは見逃さなかった。


「そうです」

ワイゼルは目を細めた。


「僕たちは登って来たんだ。

たくさんの道をジグザグに曲がりながら。」


「はい。この部屋へ続く数段の階段よりも、長い坂道を

あなた方は登ってこられたのです。」


「わあ…」

俺は眼下の街を見て大人げなく声に出してしまった。

まあ子供だが…


「エクセシアは宮殿までの道のりに緩く勾配が

ついているのです。」


「どうしてですか?」


「いくつかあります。

まずは水です。中央宮殿の地下には巨大な

水脈があります。

そこから汲み上げた水を城下に供給するためです。」


「ここに来た時に側溝が多いと

思っていました。そして流れる水が澄んでいた。」


「エクセシアは水が綺麗であることも有名ですから。」


「ほかにもありますか?」


「ええ、二つ目はエクセシア王都の狭さです。

狭い土地を有効に活用するため

立体的に街を作っているのです。」


「そうなんですね!」


「三つめは、敵に攻め込まれたとき

高いところにいるほうが何かと

有利ですから。」


「なるほど ありがとうございました。

ワイゼルさん!」

俺はこの街を自分の目で見たいと思った。


「あの ワイゼルさん、街を見学したいのだけど…」


「なるほど…治安はいい街ですが、エミリア様が

なんとおっしゃるか…一度聞いてみましょう。」

ワイゼルはそう言うと隣の部屋に入っていった。


ほどなく母がワイゼルを伴って戻って来た。


「ワイゼルから聞いたわ。

仕方のない子ね。わかったわ。

ただし、大通りの向こう側には行かないこと。」


「うん!わかったよ。ありがとう母さん!」


俺がそう言うとワイゼルが手を叩いた。

すると、後ろから声がした。


「お呼びでしょうか?ワイゼル様」


振り向くとメイド服を着た女がそこにいた。


いつの間に…

気配が無かった…


「アシュリー様、この者を同行させましょう。

メイドのキアラです。」


「メイドのキアラです。アシュリー様」

キアラはスカートを少し持ち上げて一礼した。


「よろしくお願いします。

キアラさん。」

と俺は言った。

するとデオが俺の頭に乗って来た。


「お前も行きたいのか?」

そう言うと

キキッと鳴いた。



アシュリーが出て行ったあと――


「アルベルト様の再来…

立派に育てられましたな。

エミリア様。」

ワイゼルは言った。


「ううん、特別なことは何もしてないわ

でも確かに濃く流れているわ

おじい様の血が。そう感じるの。」

エミリアは呟いた。



◆



街は人で溢れていた。

皆大きな声で話し、笑っていた。

とても戦争中とは思えなかった。


「ここは食料品や日用品が多く占める

商店街です。」

キアラは説明してくれた。

「もう少し王宮に近づくと、武器や防具、それに

魔道具などの店が多くなっていきます。」


「こんなにたくさんの人がいる街は

初めてです。

でもみんな楽しそうです。」


「ええ、エクセシアの民は明るく

前向きです。」

キアラの顔が少しほころんだ

さっきまではほとんど表情を変えなかったから

少しほっとした。


「アシュリー様、この街をどう思いますか?」

突然キアラは俺に投げかけた。


「とてもいい街だと思います。

沢山の人種がいますね。

きっとここは貿易の要所でもあるのでしょう。

良い街だからこそ、

他国は放っておかないのでしょうね。」


ふとキアラを見ると俺を見て固まっていた。


「申し訳ありません、アシュリー様

私はあなたを侮っておりました。

少し見ただけでこの街の置かれている

状況を見抜くとは…」

そう言ってキアラは頭を下げた。


「ちょ、ちょっと…やめてください。

ふと思った事を言っただけです!

人も見ていますし。」

俺はこのキアラという女に少し危ない物を

感じたが、気にしないようにした。


その後、二人で色々な所を見て回ったが

何気なく見た光景が目に留まった。


屋台で何かを受け取る老人。

その時、屋台の店主がスッと何かを隠したように

見えた。


「あの…」

俺は衝動的にその老人に声をかけた。


「ん?なんだい坊や」

その老人は意外に大柄だった。


「いや…差し出がましいと思ったのですが…

今おじいさんが買った紙袋の中身を

見せて頂けませんか?」


「なんだって!? なぜ見せねばならんのだ?」

訝し気な表情で老人は言った。


「それは…」

俺は答えに困った。

もし自分の勘違いだとしたら、とんでもなく

迷惑な事だろう。


「どれ…」

そう言って老人は紙袋の中身を確認した。


「これは…」

老人の眉間に皺が集まった。


「あの…変わった事はなかったですか?」

俺は恐る恐る聞いた。


「坊主…

よくわかったな!」

老人の顔はパッと明るさを取り戻した。

そしてさっきの露店に戻り、こう言った。

「おい店主! 揚げパンが一本足らんぞ!

年寄りだと思って舐めやがって。」


「あ…いや…それは…

すいません、足らなかったですか?

いやいやついうっかりと…」

そう言うと店主は揚げパンをもう一本老人の

紙袋に入れた。


「坊主、礼だ。」

そう言って大柄な老人は

俺に紙袋を強引に渡した。


「え?」

面食らう俺をしり目に


「いずれまた会おう!がははは」

そう言って去っていった。


その時、老人はキアラだけにわかるように

ウインクした。

その時俺はまったく気が付かなかった。



「アシュリー様、なぜわかったのです?」

キアラは言った。


「だってあそこに書いてあるでしょ

6本で5リーグって

でもあの店のおじさんは、最後の揚げパンを

袋に入れるフリをして籠に戻したんだ。」


「でもあの方は最初から

5本買うつもりだったのでは?

店の店主は多く取りすぎたから

パンを籠に戻しただけでは?」

キアラが言った。


「うん、たしかに。

でも6本で5リーグなのに、

わざわざ5本買う人が

いるのかなって思って。」


「アシュリー様

お見事です。」

キアラは声のトーンを上げてそう言った。


「ちょっと声が大きいですよ!」

この女といるとなぜか疲れた。



◆



「アシュリー様、そろそろお戻りに

なったほうがよろしいかと。」

キアラが言った。


「わかりました。キアラさん」


と、その時、誰かの叫び声が聞こえた。


「スリだー! 誰か捕まえてくれー」

誰かがそう言った瞬間、俺の横を誰かが

猛スピードで過ぎ去っていった。


その後から小太りの中年の男がよたよたと

走って来た。


「くそっ! 油断した」

小太りの男は幾重にも巻いた金のネックレスを

ジャラジャラいわせながら、両手を膝について

呼吸を整えていた。

この場所に似合わぬ派手な服を着ていた。


人々は遠巻きに彼を見ていたが

俺は声をかけずにいられなかった。


「あの、何か大事なものを盗られたんですか?」

俺がそう言うと

「アシュリー様…」

と言ってキアラが首を振った。


「ああ、大事なものなんだ。

金だよ。取り立てた金さ。」

その男は蛇のような瞳をスリが逃げた方角へ向けた。


「スリはどちらに行きましたか?」


男は大通りの向こうを指さした。


「僕が取り返すよ」

俺は思わず言ってしまった。


「なんだって?坊やがかい?」


「うん」

俺は首を縦に振った。


「いくらなんでもアシュリー様…


仕方がありません。その役目、私に預けてください。」

とキアラが言った。


「アシュリー様はここで待っていてください。

すぐに戻ります。」


そう言ってキアラはあっという間に

大通りの向こう側へ消えていった。


その時、スリにあった小太りの男が

俺をじっと見つめていた。


「悪いが坊主、俺の目的はお前さ。」

男がニヤリとした瞬間、建物の影から

数人の男が現れ、俺を取り囲んだ。


治安がいいと言ったのに…

ワイゼル…

俺は心の中で呟いた。


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