ep12
小太りの男は下品な笑いを浮かべながら言った。
「坊主、この辺では見ない顔だな、だがメイドを伴って
歩いている。そしてその髪色……」
俺は男達を観察していた。
小太りの男は腰の後ろに短刀を隠している…
手下は4人…
みな腰に剣をさげている。
だが、戦闘経験はあまりなさそうだ。
一瞬で片がつきそうだが…
「ねえおじさん、さっきからずっと
あとをつけてたよね?」
「なんだと?」
「大通りに出た時からカモを物色してた。
あのたばこ売りの露天商の横で。」
「こいつ…」
男はすこし狼狽している。
「そうだよね? たばこ売りのおじさん。」
俺は小太りの男ではなく、通りの向こう側の
露天商に向かって言った。
一瞬緊張が走る。
「慣れないことはしないほうがいいですよ。
おじさん。」
俺は小太りの男にそう言った。
「な……」
小太りの男はたばこ売りの男をちらちらと
伺った。
「クッ…ハハハハ!」
たばこ売りの商人が立ち上がり
拍手をした。
「いや、悪かった!許してくれアシュリー!」
商人は通りを渡り、俺のすぐ近くまでやって来た。
「誰…ですか?
なぜ僕の名前を?」
この男はさっきの奴らとは雰囲気がまるで違った。
立ち上がるとかなりの長身だった。
「ハハハ そうなるよな。
まあここじゃなんだ、あそこの茶店でも
入ろう。」
商人の男はそう言うと、
「はいよ」
と言って小太りの男に袋を手渡した。
「いいんですかい!? こんなにも…」
「ああ、受け取ってくれ。
済まなかったな、慣れねえ事をさせちまって。」
その時、背後から声が聞こえた。
「あなたは…あなた様は…」
そこにはキアラが立っていた、さっき逃げたスリの
襟首をつかんでいた。
「あちゃー…お前が一番貧乏くじだったな。
おい!彼には分け前を多めにやってくれ!」
たばこ売りは小太りの男にそう言った。
3人はすぐそばの茶屋へ入って行った。
奥の衝立の向こうのテーブルについた。
なぜか客がぱらぱらと店を出て行った。
たばこ商人が口を開いた。
「改めて、お詫びする。すまなかったアシュリー。」
男は頭を下げた。
「アシュリー様、このか…」
とキアラが言いかけたが、男は手で制止した。
「自己紹介させてくれ。
メルシオだ。」
そう言って男は手を差し出した。
「初めましてメルシオさん。」
俺は男と握手をかわした。
線が細いが硬い手だった。
「あの揚げパン屋でのやりとりを見てたんだよ。
だがお前は俺の視線に気づいていたな?」
俺はコクっとうなずいた。
「ハハッ! いいな!
で、ちょっと試してやろうと思ったのさ。」
「メルシオ様…これはあまりにも…!」
キアラが言った。
「度が過ぎたか? だが、アシュリーは
大人5人に囲まれても、眉一つ動かさなかった。
それどころか、策を練っていた…」
メルシオはニヤりと白い歯を見せた。
「……」
「ある程度場数を踏んだ兵士でも、あの状況になれば
緊張して体を固くさせるものだが…お前は…」
このメルシオという男。
かなりの場数を踏んでいるに違いない。
帯刀していないのにまるで隙がない。
攻め手を幾手かシミュレーションしてみる。
ああ…だめだ、うっかりこの男に対しての
攻め方を考えてしまった。
その瞬間メルシオの瞳が光った気がした。
「アシュリー、お前は一体何者だ?」
メルシオの眼光が俺を射抜いた。
「‥…あ…えと…」
どうすればこの場を切り抜けられるのか…
「いや、何もお前を訝しんでるわけじゃないんだ。
むしろ俺は楽しいんだよ。
お前みたいなやつが久しぶりでな。
それが、5歳の坊主と来た。
将来が楽しみで仕方ない。」
メルシオの眼差しは優しかった。
俺の緊張を解くためだろう。
この男は強い。
だが俺に対する殺意は微塵も感じない。
悪意もない。
前世では強い奴は皆 敵だった。
「僕はただの人間です。
父はリース・セラス、母はエミリア・セラスです。」
それしか言いようがなかった。
それとも、ロバートにしたように前世の事を
説明をすべきだろうか?
だがこの男が‥‥
強者が知りたいのはそこではない。
原因を知って安心したいわけでは無い。
そんな事にさほど興味は無いのだ。
参考にしたいのだ。自らがより強くなるために。
強者とは常に試行錯誤する生き物だからだ。
「確かにその両親から産まれりゃ納得だ!
ハハハ!」
「両親を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、リースは俺と同じ歳で
士官学校時代は同じクラスだったのさ。
奴は剣術でトップ、俺は戦術で主席だったんだぜ。」
メルシオは身振り手振りで説明した。
「それと…エミリアは…
俺の妹だ。」
「え?」
一瞬の沈黙…
「という事はあなたは‥‥」
「ああ、王子って事になるな。」
王子という言葉を言う時に、少しだけ
面倒くささが出ている気がした。
「これは、失礼致しました。
ご無礼をお許しください!」
俺は慌てて立ち上がった。
「やめろやめろ! やめてくれ。
かしこまった態度を取られるのは
苦手なんだよ、俺は。」
メルシオは手を軽く上げて俺の行動を制御した。
「お前だって王家の血を引いてるんだ。
もっと堂々としてなきゃならん。」
「そう言われましても…」
「お前だってそうだろ? そんな簡単に変えられねえんだよ。」
「……」
その時、デオが鞄から飛び出し、テーブルの上に乗って
あくびをした。
後ろ足で首を掻いている。
「ちょ‥おい、こいつは…」
メルシオはデオを見て少し青ざめている。
「猿のデオです。」
「猿だと!? アシュリー! こいつが
何なのかわかってるのか?」
「ああ、その事なら大丈夫です。
利口な子です。」
「でかくなったりしないだろうな!?」
「大丈夫です…多分。」
その後、デオを飼うきっかけを話した。
「お前って奴は…とんでもねえな…まったく」
そしてメルシオも色々な事を話してくれた。
今エクセシアが置かれている状況や
兄弟の事。
バイゼルやドグセラとの戦況。
北方のグラディヴァ帝国がアリアス王国へ侵攻していること。
それにより、両隣の国とエクセシアは微妙な休戦状態が
続いている事や戦術面でのエクセシアの行動などを。
「さて、そろそろ行くとするよ。」
メルシオは席を立った。
俺も席を立つ。
「久しぶりだ、こんなに楽しかったのは。
また会えるのを楽しみにしているよ、
アシュリー。今度お前の腕前を見せてくれよ。」
「はい!いずれまた。」
メルシオはそう言うと、出された茶を一気に飲み干し
プラチナ硬貨を1枚テーブルに置いて、店を出て行った。
気のせいか、いつの間にか辺りの喧騒が消えていた。
だがメルシオが出て行ってほどなく、街のざわめきが
戻り始めた。
俺たちが外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
だが、街は昼間とはまた違う顔を見せていた。
店から漏れる歌声、怒鳴り声、客引きの女の声。
俺は前世を思い出していた。
うまい肉を出す店、明け方まで開いている酒場
任務前に必ず立ち寄る店。
そしてバー・ベローチェ…
だが思い返すと俺はいつも一人だった。
まだ駆け出しの頃、俺はある奴と親しくなった。
妙に馬が合ったのだ。
「今度はいつ帰って来るかわからないんだ。」
遠くの任務へ出かける前の夜、俺はそいつに
そう言った。
「そうか、気をつけてな。待ってるよ。」
そいつはそう言ってくれた。
一年後、帰って来ると、そいつはもう居なかった。
ようやく探し出したそいつは、俺の事など
まるで覚えちゃいなかった。
俺を忘れていたことが許せなかったのか。
それとも、自分だけが覚えていた事が悔しかったのか。
気が付いた時には、俺はそいつに向かって
銃口を向けていた。
ふと我に返った俺は、そいつの前から逃げるように
姿を消した。
ある奴が俺に言った。
お前は人との距離が極端すぎる と。
いつからか俺は人と深くかかわる事をやめた。
もちろん笑顔だって作れる。
軽いジョークも言える。
だがそれらは俺にとって無理やりの作業だった。
その度に俺の心は疲弊した。
だが、この世界に来てみて、俺は知らなかったものを
知るようになった。
笑顔に理由は必要ないのだと。
かけがいのないもの。
俺は守りたいと、自然に思うのだ。
いつの間にか俺はこの国が好きになっていた。
◆
「ずいぶん遅かったわね アシュリー」
母が玄関まで迎えに来てくれた。
「お帰りなさいませ、アシュリー様」
ワイゼルが優しい笑顔で迎えてくれた。
「さあ、食事にしましょう。
手を洗ってらっしゃい。」
デオがワイゼルに飛び乗り、母の頭に移った。
「デオ!」
「デオ!」
妹達がデオを呼ぶと、デオは妹たちの
頭に乗って跳ねていた。
「父があなたに会いたがっていたわ」
食事中、唐突に母が言った。
「え? 母さんのお父さん? それって…」
「そうよ、エクセシア王よ」
「会ったの?」
「ええ、ここに来たわ。」
「ええ!?」
「あなたに会えないのを残念がっていたわ。」
「そうなんだ…」
「それで、あなたは何してたの?」
母が言った。
「母さんのお兄さんに会ったよ。
メルシオさん。」
エミリアは口に含んだワインを吹きだした。




