ep7
「今やこの山にはグールと魔物しかおらん」
「え?…」
「昔は豊かな山じゃった。
鹿やイノシシ、ウサギ…キノコや山菜…
人と魔物もお互いの生活圏を邪魔しないように
うまくやってたんじゃ。」
「あのグールたちは何故…?」
「バイゼルの連中だよ。」
「何をしたの?」
「バイゼル連邦は化学が発展していてな
薬の取引では世界で有数だ。
だが薬というのは表向きだ。
実際には得体の知れない怪しげな薬品の開発を
国家事業として行っておる。」
ロバートはパチンと指を鳴らした。
その瞬間、おぞましいほどのうめき声や
叫び声が耳に入って来た。
「音を遮断する魔法を解除した。」
<苦しい…>
<憎い…>
<渇く…血が欲しい…。
<殺してくれ……>
<殺せ…>
<早く殺して…>
「奴らは死ぬこともできず、ただ血を肉を求め彷徨い続けている。」
「ほとんどは、バイゼル、アリアス、ドグセラの兵士達じゃ…」
「え…?」
「3国は、この山脈を超えて我が国に攻め入った。
その総数は5万にも及んだ。
3軍が山脈に入ると、グールの瘴毒に感染した
一人の兵を山脈に放った。
そして3国は山脈との境界に壁を作ったんじゃ。」
「……」
「グールに噛まれると感染する。
それは瞬く間に広がった。
退路を断たれた兵士達はグール化した仲間に追われながら
エクセシアの兵と挟み撃ちになった。
やがてエクセシアにもグールにされてしまう兵が現れ
わしらも仕方なく壁を作ったんじゃ。」
「自分たちの仲間をグールに…」
「そうじゃ、しかもそれらの兵は一般から募った
民兵がほとんどじゃったそうじゃ。
彼らは皆、高い報酬が出ると聞いて志願したそうじゃ。」
ある集団やコミュニティーにウイルスなどに感染した
人や動物を潜り込ませるのはテロの手段として
ある事だ。
だがこれは、もはや実験だ。
人の命をなんとも思っていない連中だ。
まるで悪魔だ——
「ロバートさん、グールを元の人間に戻す
事はできないの?」
「それはできん…エクセシアの魔導士たちで
手を尽くしたが‥‥」
「じゃあせめてあの状態から救ってあげる事は
できないのですか?」
「ほっほっ…お前は本当に5歳児か?
普通は関わる事に恐怖や嫌悪を抱くのが子供だというのに。
お前はこの状況を理解しておる。」
俺なら死を選ぶだろう。
生き恥を晒すくらいなら。
虚ろな世界を彷徨うくらいなら——
解放してやりたい。
俺はそう思った。
「コアを破壊すれば消滅する。」
「それは何処にあるんですか?」
「それは個々に違うようじゃ
それに常に移動しているようなのじゃ」
「‥‥」
「コアはとても小さく、硬い。
エクセシアの騎士団や魔導士たちが掃討作戦を幾度となく
実施したが、コアを破壊できたのは僅かじゃった。
肉体を破壊してもコアがあれば直ぐに再生するのじゃ」
俺はなんとなくロバートがこの光景を俺に見せた
理由がわかった気がした。
「エクセシアにはそのような精密な方法が
確立しておらんのじゃ…
一流の弓兵による成功例もあるにはあるが…」
「僕がグールのコアを破壊すればいいんですね?」
「うむ、さすがじゃ。お主のスキルを見た時
何か運命めいたものを感じたのじゃ。」
「わかりました。やってみます。」
答えは決まっていた。
「それと…もう一つお前に話をしたい事がある。」
「?」
「お前についてじゃ アシュリー。」
恐らくこの老人は感づいている。
俺に対する違和感を。
「お前は誰じゃ?」
俺は言葉を失った。
この老人ははじめから気付いていたのだ。
俺は咄嗟に動けるよう軸足を少し下げた。
何故なら一瞬、この老人からとてつもない殺気を
感じたからだ。
「そう構えるな アシュリー」
いつの間にか。ロバートはいつものやわらかい物腰に
戻っていた。
「俺は…リース・セラスの息子、アシュリー・セラスです。」
「それは間違いないようだ、だが
ワシはお前が…お前の中身が年齢相応とは思えぬのだ。
会話や所作…それは長年培われたものだ。
お前はうまくごまかしていると思っておるだろうが…」
完全に見透かされている。
こうなったら、白状するしかない。
「俺はどうやら、前世の記憶を持って産まれた
らしいのです。」
白い空間や、出会った女の話はしないでおいた。
話をややこしくしてしまうし、何より
自分自身が理解できていないのだから。
「ほっほっ…記憶か、人格の間違いではないのか?」
この老人には嘘は通用しないようだ。
「ロバートさん、あんたには子供だましは通用しないようだ。」
ロバートはニヤリと前歯の抜けた歯を見せた。
「俺の本当の名前はギリク・スタイラムという。」
この老人の前で子供を演じる事がなんとなく恥ずかしく思えたから
俺は素の自分でいる事にした。
「だろうな。お前の前職は兵士か傭兵か…
とにかく普通の生き方ではなかったようじゃ。」
「‥‥で、俺をどうするつもりだ?」
「黙っておいてやるさ。いずれにしてもお前が
エミリア姫の腹から産まれたのは事実だからな。」
「ふんっ…好きにしろ…」
俺は経験上、この手の人間が最も手ごわいのだと
知っている。
舐めてかかると痛い目に遭う。
「まあ、代わりといってはなんだが…
たまにワシの仕事を手伝え。」
「あんた…ワルだろ?」
「ほっほっほっ! 善と悪は使いようじゃ」
俺は完全にこの老人の手の上で転がされていた。
だが不思議と悪い気がしない。
むしろ、俺だけが抱えていた問題を、少しは理解
してくれる人間と知り合えた事は、悪くないかも
しれない。
「じゃが、不可思議じゃ」
「何がだ?」
「お前には魔力が無い。
なのにどうしてスキルが使えるのじゃ」
「そこまで見抜いていたとはな…」
このじじい、底が知れねえ——
「それは俺にもわからない。そもそも前世は剣だの魔法だの
というのは無かったんだからな。」
「ふ~む…ではアシュリー、あの妙な…お前のスキルを
出してみてくれ。」
俺は手元にライフルを出現させた。
「ちょっと持たせてくれ」
そう言われて俺はロバートにライフルを差し出した。
だがロバートが受け取ろうとした瞬間、
ロバートの手がライフルをすり抜けたのだ。
「ふむ…これはお前以外の者には扱えぬ代物らしい。」
「そうみたいだな…俺も初めて知ったよ。」
「アシュリー、試しにあそこのグールを始末できるか?」
ロバートの指さす先の膜の向こうに、他のグールよりも
一回り大きなグールが立っていた。
肉は垂れ落ち、半分骨がむき出していた。
「ああなれば、もう人としての記憶も無い。
体のどこかにコアがあるはずじゃ。
コアは移動しているが、時々体表に姿を現すんじゃ。」
「ロバート、どこかもう少し見渡せる場所は無いか?
それと寝そべる事が出来れば尚良い。」
「ふん…であれば…あそこはどうじゃ?」
ロバートは小屋の屋根の上を指さした。
屋根の上には小さな櫓やぐらのような物が据え付けてあった。
横にハシゴがある。
俺はそこに上っていった。
櫓やぐらは朽ちかけていたが
地面よりもかなり視界がいい。
少し補強すれば問題ないだろう。
「ここでいい。」
俺はロバートに言った。
幾つかの木箱や古い壺などをどかし
スペースを作り、腹ばいになった。
スコープを覗く。
俺はロバートには言わなかった事がある。
このスコープが急所を示してくれる事だ。
「やっぱり…」
俺は小さく呟いた。
あのひと際大きいグールだけではない。
膜に張り付いているグールたちの
体内で輝くコアは、まるで夜空の星のように
無数に煌めいていた。
だが一つだけ気になった事があった。
「ロバート、俺の攻撃であの膜は破れないのか?」
「大丈夫じゃ、あの膜は瘴気に反応するんじゃ。
弓が貫通するのを確認しておる。」
「わかった。」
さて…
やってみるか…
俺はスコープを覗き、ゆっくり息を吐く。
呼吸を止める。
あのグールのコアは…
「位置が変わっている…」
暫く観察する。
最初は右手、次に左手、右足、首、左足、そして右手と
ランダムであるがこれは…
「星の形か」
このグールのコアは星の形に軌跡を描いていたのだ。
コアの次の目的地がわかれば容易い。
ドンッ…
俺は引き金を引いた。
弾は膜を通り抜け。グールの首を貫いた。
グールは一瞬動きを止めたが
その後キラキラと塵になって空気に溶けていった。
「ほっほ…さすがじゃ アシュリー」
ロバートは手を叩いて微笑んだ。
「じゃあ、この調子でどんどん頼むぞ」
ロバートは家に入ろうとした。
「おい爺さん、どこへ行くんだ?」
「昼飯じゃよ」
「何?」
その時、俺の腹が鳴った。
「くそじじいめ…」
俺は呟いた。
「あ?なんか言ったか?」
姿の見えないロバートの声が聞こえた。
「いや…」
俺はそっけなく答えた。




