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26/28

ep26

シルヴィとラッツがヴァレスに襲われる少し前——


アシュリーは岩場の先端に立ち、眼下に広がる景色を見渡していた。

17番森林と呼ばれるこの広大な美しい森は

深い緑に覆われ、ところどころ赤や黄に染まった木々が混じっていた。


眼下に見える谷は深く

そこを縫うように谷筋がどこまでも続いている。

人の営みを感じさせるものは、ここからではほとんど見えない。


<ヴァルキリー、一帯をサーチして>


<了解>


その瞬間、世界が一変した。

山の稜線に青白い線が輪郭をつくり、谷の深度、標高、

距離が次々と数値へ置き換えられていく。

見た目の美しさとは裏腹に、木々に隠れた険しい地形が

露になった。


<シニカの洞窟までの距離を割り出してくれ>


<了解。シニカの洞窟までは直線距離で18.3km。

最短ルートで22.7kmです。到着まで3時間47分です。>


<ありがとう。>

よし、夕方に差し掛かる頃には到着できそうだ。


視界の森の中には赤い点が点在していた。

これは人間がいるポイントを示していて

大人になるほど色は濃くなるよう自動設定されている。


森林の広い範囲に人が散らばっている。

俺は森林の中の人の動きが手に取るように

わかる。

この数日でヴァルキリーによって、殆どの

関係者はスキャン済みだからだ。


<今更だけど…スコープを覗かなくても視覚で

HUD(ヘッドアップディスプレイ)を展開できる事をもう少し早く

知りたかったよ。>


<マスターがスコープを覗くので

その方がいいのかと。>


<え? まあたしかに…>

でも教えてくれても良くない…?


<聞かれなかったので>


!?聞かれたか?心の声…


<まあ…そうだな…>

ヴァルキリーちょっと拗ねてる…?

たしかにこの数年はヴァルキリーを使う事は

あまりなかったもんな…

やっぱりコミュニケーションは必要なのかもしれない。


<…じゃあ、受験生と大人を色分けできる?>


その瞬間、赤の点と青の点の2種類の表示に変わった。


なるほど…

点在する多数の赤の点(受験生)に混じって青い点が混じっている。

青い点は恐らく、警護の兵士や試験官だろう。


<では、個人に絞れるか?

ん~ じゃあ例えば

カイトの位置を補足可能か?>


すると、森林の中央あたりの赤い点が

点滅した。

カーソルが当たった場所に“カイト・ジグナール”と

示されていた。


ここから直線距離で7キロ先か―

結構進んでいるな。

ん…? 誰かと一緒じゃないか…


<カイトの近くにいる人は誰だ?>


スーミー・シュシュル…?

知らないな…


その時、あるポイントに違和感を感じる所があった。

人が密集している。


<ズーム>


<マスター このポイントに敵性反応があります。>


何かが起こっている。

倒れている兵士が二人…

戦闘中か…

あれは…シルヴィ!?

それと…ラッツ…

何故2人が一緒にいる?

何かと戦っている…?


<ヴァルキリー あのポイントの解析を>


<了解>


<倒れている二人の兵士は共に下級歩兵

ウィリアム・ロウとジェイク・ヘンドリックス

共に生命反応あり。意識を失っている可能性あり。

もう一方はシルヴァナ・オーギュスト・カンドール

および、ラッツ・ビッターデン。共に受験生です。>


<状況は?>


<現在、シルヴァナおよびラッツ

と何者かが交戦中>


黒い影のような物にシルヴィが捕まっている。

その向こうでラッツはよろめきながら身体を起こした。


なんだ?

あの黒い奴は…

シルヴィ!!…


<ヴァルキリー! シルヴィを援護する!>


<了解>


<距離は?>


<1233m、風は西南から5m>


<あの黒い奴はなんだ?>


<不明…温感センサーが反応しません>


<体温が無いって事か?>


<はい。恒温生物ではありません。

従って目視によるスナイピングが必要です。>


<なるほど…センサーが使えないって事か。

距離と風の補足だけ頼む。>


<了解>


「よし…」

俺は寝そべりライフルを構えスコープを覗いた。


シルヴィは縄のような物でグルグル巻きにされている。

そして黒い奴に向かって何か喚いているようだ。


「プッ…」

こんな時に不謹慎だが…

俺は思わず吹き出しそうになってしまった。

明らかに制圧されているのに、口撃だけは止めない…

シルヴィらしい…


だが黒い影の手の中で何かが反射した。

恐らく、得物だろう。


あれは…

剣か…変わった形をしている。


<形状照合――過去にスキャンした資料との一致率87%

あの剣は生贄をささげる時に用いる、

儀式用の剣だと思われます。

主に東のエイジャル地域で使われる形に

似ています。

殺傷能力はあまり高くありません。>


だがあの距離で刺されたら致命傷だ。


<まずはあの短剣を狙う。

剣にロック>


<了解>


スコープを覗く。

チラチラと、見えたり隠れたりする短剣を

追いながら、息を吸って大きく吐く。

吐き切ったところで息を止める。


短剣の切っ先がシルヴィの腹へ沈み込む。

――今。

引き金を絞った。


シルヴィに少し刺さったか…


黒い影は一瞬で影に溶けた。


だが俺には見える。

影から影へ、薄い影が移動しているのが。


逃げようとしても無駄だ…


そのまま引き金を引き続ける。

だが、ギリギリのところで逃げられる。


着弾した場所の土が跳ねあがる。


「チッ! すばしこい奴…」

この距離で俺の弾道を予測してるのか?


その時、俺は背中を冷たいもので撫でられた

感覚があった。


「位置がバレた…!」

一瞬だけ視線を感じた…

奴は俺を補足した…!


次の瞬間、黒い男の気配がピタリと消えた。


暫く辺りを注意深く探ったが

こっちに向かって来てはいないようだ。

賢明だ。俺だってそうするだろう。


<敵をロスト、敵性反応は消失しました>


「ふう…」

仕留める事は出来なかったが

とりあえず、シルヴィを守る事ができた。

しかし、あの黒い影はなんだ?

弾は当たったはずだ…

それに…なんでラッツとシルヴィが一緒に…?


色々と疑問が残るが…

とにかく先を急ごう。



◆



俺がヴァルキリーのマッピング機能で調べた所

17番森林の事でわかった事がいくつかあった。


まず、この森には整地された道が無い。

自然が手つかずのまま残されている。


この森林には3本の川が横切ってる。


特に難所は2本目の川と3本目の川だ。

2本目の川は深い谷底に流れていて、一度谷に降りてから渡り、

再び崖を登る事が必要になる。


もちろん、向こう側に飛び越えてしまえば簡単だが。

大人でも厳しいこの距離を飛んで渡れる者はそういないだろう。


だが、魔法で石の橋を作る、あるいは木を切り倒して橋を

作る。それができる者はそうして渡っても良いのだ。


3本目の川は運河だ。

川幅80mあるエクセス運河は流れも速く、深い。

この運河は17番森林を通る部分だけ橋が無い。

従って泳いで渡るしかない。


体力の無い者や泳げない者にとっては

厳しい選択を迫られるのだ。

ここまで到達した者たちはかなり体力を削られている状態だ。

棄権する受験生が続出するのがこのポイントなのだ。


この川のほとりには一定間隔で試験官が立っている。

渡らなくてもよい事を諭し、棄権を促すのだ。



だが、俺は今、3本目の川、エクセス河を渡り急斜面を登り

すでにシニカの洞窟の入り口に到達していた。

はっきり言えば、この森の地形は俺にとって

どうって事は無い。

前世では何十年も過酷な現場を繰り返し

歩いていた。

それが仕事だったからだ。


別に一位に拘ってはいない。

日暮れまでに到達すればいい事だ。

こんな簡単な事は無い。


本当にここで合っているのか不安だったが

古ぼけた立て看板に、かすれた文字で書かれて

いたので間違いないだろう。


「早く着きすぎたかな…」

独り言をつぶやくと。


「さすが!」

と後ろから手を叩く音がした。


「モーノ君!」

やっぱり…


「最初にここに来るのは君だと思っていたよ。」


「モーノ君こそ。」


「ふふふ…僕はスキルのおかげさ

人間単体の力では君の方がはるかに上だよ。」


「スキル…?君のスキルって…?」


そう言った時


「オラア!! 一番乗りぃ!!」

崖から這い上がって来たのはラッツだった。


「ラッツ!」


ラッツは俺を見るなり。

「ああ!? なんでお前がここにいやがる!?」


そのあとに続いて

「ちょっと!待ちなさいよ!!」


姿を現したのはシルヴィだった。


「ああ! アシュリー君! モーノ君も!

くあー やっぱりかー!」


「お二人そろって到着おめでとう」

モーノが手を叩いた。


「おい! この女と一緒にするんじゃねえ!」


「ちょっと!この人誰だか知ってんの!?」

シルヴィがラッツの袖を引っ張った。


「知るかよ!」


なんだかんだ、シルヴィとラッツはいいコンビに

見えるな…


それから、一時間が経過したあたりから

この場所に受験生が到着しだした。


カイトが到着したのは太陽が沈みかけた頃だった。


「そろそろだな。」

試験官が懐中時計を見ながら言った。


「カイト君、間に合わなかったね…」

シルヴィが呟いた。


「ああ…」


その時

「ま…待ってください…」


絞り出すような声が崖の下から聞こえた。

やがて岩の端に手がかかった。


「まさか…」

俺は急いで崖まで走った。


「カイト!!」


「やあ アシュリー」

俺を見上げたカイトは弱々しく微笑んだ。


「!?」

俺は驚愕した。

カイトは人を背負っていたのだ。


「君って奴は…!」

俺はカイトの手を引っ張った。

シルヴィも加わった。


カイトが崖の上にへたり込んだ時

太陽が地平線に沈んだ。


「ここまで!!」

試験官が声を張り上げた。


「この子を…お願いします…」

そう言ってカイトは意識を失った。


「ケッ!」

一部始終を見ていたラッツは舌打ちをしてどこかに

消えていった。



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