ep24
「この辺なら誰も見てないよね…」
小さな少年がジャングルの中で呟いた。
そして
「ベイパー」
と カイトは支給されたナイフの切っ先を上に向けて
言った。
すると、切っ先の少し先の空中に
水が集まり始め、やがてグレープフルーツ
ほどの大きさになった。
「ディスティレーション」
と唱えると、水の塊は沸騰し始めた。
塊から出る大量の蒸気はそのまま水筒の中に
吸い込まれていった。
「眼鏡が曇っちゃった…」
そう言ってカイトは顔のサイズに合ってない
大きな眼鏡で空を仰ぎ見た。
そのカイトをモニターで見ている人物がいる
たくさんの指輪がついた皺だらけのがっしりとした手は
丸い緑の宝玉のあしらわれた杖に乗せられていた。
その杖は剣のようにも見えた。
「こやつがキケ・ジグナールの孫か…
フン…隠したつもりじゃろうが…」
その老人は長い顎髭を撫で、ぼそりとそれだけ言った。
「おい…見たか、あの気難しい老人が笑ったぞ…」
「馬鹿! 聞こえる!」
講堂でモニターを眺めている兵士たちから
そんな囁きが聞こえた。
「よし、それじゃあ行くか」
カイトはそう言って足を踏み出そうとした時
「助けてくれー!」
と 叫び声が聞こえた。
「すぐ近くだな。」
「助けてくれー!」
また聞こえた。
どうやらジャングルの茂みの奥かららしい。
カイトは声のする方に歩き出した。
暫く行くと少しだけ開けた場所に出た。
「助けてくれー!」
今度はすぐ近くで聞こえた。
「どこだ…」
と カイトが呟いた瞬間
カイトの肩掛け鞄がヒュっと体から離れた。
「あっ!」
と思ったが遅かった。
鞄は高い木の枝に飛んで行った。
よく見ると細い糸で釣られているようだ。
カイトが見上げると、5,6mほど頭上のガジュマルの枝に
誰かが座っている。
「おい! 返せ!」
カイトは叫んだ。
頭上の人物は何も言わず、カイトの鞄から水筒を取り出し
飲み始めた。
「おい! 聞いてるのか!?」
カイトは再び大声で叫んだ。
「プハーッ!
誰が返すかマヌケ! バーカ!」
水筒を傾け、中の水をカイトめがけてぶちまけた。
水はカイトの頭に降り注いだ。
「頭に来たぞ!」
カイトは手を木の幹に当て、小さく詠唱した。
「雷爪…」
小さくスパークしたかと思うと
「痛ッ!! あ しまっ…」
と頭上から聞こえた。
カイトは鞄と水筒が落ちてきたのをキャッチした。
「おっと…ああ!!…」
ドサッ…
途中の茂みに引っかかりながら、その人物も墜落した。
「大丈夫かい?」
カイトは近づいた。
「クソッ! ビリっと来た…
やったのはあんた?」
パシッ…
カイトは手のひらをスパークさせた。
「ひえっ…何もしないで!
返すから!」
「君は女の子?」
「そうです、一応…」
そう言いながら立ち上がって鞄と水筒を
カイトに手渡した。
「ん?…」
その女の子はあらためてカイトを見ると
少しだけカイトの方が背が低かった事に
気が付いた。
「チビだな お前! チビだ! ぎゃははは」
「君もだろ! 似たようなもんじゃないか!」
「スーミー。
私の名前。」
「僕はカイト」
「実はさっきの見てたんだ。」
「え?さっきのって?」
「水を作ってるところ!
君、受験生だよね?」
「うん そうだけど。」
「同い年とは思えない。
高度な魔法だよね。」
「い…いや…な‥慣れれば簡単だよ…
そう言えば君、持ち物はどうしたの?」
「……奪われた」
「えっ? 誰に?」
「馬に乗った偉そうな奴よ!」
「え? それってもしかして…」
「心当たりが?」
「あるにはあるけどね…」
「私は取り返したい…」
「気持ちはわかるけど…多分無理だと思う。
それよりも君、水も寝袋も無いんだろ?」
スーミーはコクリと頷いた。
「まずはそれをなんとかしなきゃ。」
「え?どういう事?」
「どうにかして代わりになるような物を手に入れる。」
「手伝ってくれるっていうの?あなたさっき
私に荷物を盗られたんだよ?」
「うん、だけどまた戻って来たよ。」
カイトは自分の鞄を示した。
その時
「キャーー―!」
悲鳴が聞こえた。
「女の悲鳴ね。」
「うん、とにかく行かなきゃ!」
「ええ!? そんなの放っておきなよ!」
スーミーがそう言った時にはカイトは走り出していた。
「まったく…馬鹿なの? ハァ…」
スーミーは首を振りつつもカイトの後を追った。
◆
モニターには地図が映し出されていた。
地図上に碁盤の目のような線が重なっていた。
その地図で受験生達がどこに居るのかを全て把握できるように
なっている。
モニターを見ている兵士が異変を感じていた。
「座標Y56―B88地点で
受験生が魔物に襲われています。
どうしますか?」
「ふむ…ゴブリンの群れか…
よし…すぐに救助に向かわせ…」
と言いかけた時。
「待て!」
と会話に割り込んだ声があった。
「え?」
兵士達は声の方向を見た。
「Y57-B95に別の受験生がおる。
彼らは既に異変に気が付いている。
救助は少し待て。」
老人がそう言った。
「し、しかし、マスター“エルンスト”…」
「見ておれ、何かあった時はワシが責任を持つ。」
画面上には3体のゴブリンに襲われている受験生1名の
少し後方に2名の受験生の姿があった。
その2名の名前は、カイト・ジグナールとスーミー・シュシュル
と表示されていた。
カイトが茂みをかき分けていくと、ゴブリンが女性に
馬乗りになっているところだった。
女性は服をはぎ取られそうになっている。
「た…たすけて…」
恐らく受験生だろう。
カイトを見て涙を流していた。
続けてスーミーが到着した。
二人の人間が現れた事で、ゴブリンは女性から
飛び退いた。
「ギャギャッ!!」
そこにはもう2体のゴブリンが立っていて、棍棒を振り回している。
「スーミー!! お願いがある
この人を安全な場所に避難させて!」
カイトが叫んだ。
「私が!? なんでよ…」
「頼む! 君しかいないんだ!」
スーミーは少し考えて
やがて意を決して、倒れている女性の場所まで行って
「さ! 行くよ! 立てる?」
女性は腰が抜けたのか、なかなか立てずにいたが
スーミーが体を引っ張って肩に腕を回した。
カイトはゴブリン3体と対峙していた。
ゴブリンは棍棒を振りかざしながらカイトに
躍りかかった。
カイトはそれをかわしてすり抜けざまに
ゴブリンの脇腹に一撃を入れた。
「浅かった…こんなナイフじゃ…」
次に後ろの2体が同時に躍りかかってきた。
カイトは横にローリングしてかわし
そのまま、手負いのゴブリンに斬りかかった。
カイトの攻撃はゴブリンの胸を切り裂いた。
その瞬間カイトの背中に衝撃が走った。
棍棒の一撃を食らったのだ。
そのまま倒れ込むカイト。
追い打ちをかけに2体のゴブリンが棍棒を振りかぶった
その瞬間。
1体のゴブリンのこめかみに矢が刺さった。
もう1体はひるんで後ろに下がった。
「スーミー…」
大木を背にして弓を構えたスーミーが立っていた。
スーミーはもう一度弓をつがえ弦を引いた。
放たれた弓はゴブリンの顔をかすめ向こうの木に刺さった。
「チッ…」
そしてゴブリンは素早い動きで茂みの中に消えていった。
「カイト!」
スーミーが駆け寄ると
カイトは痛みで歯を食いしばっている。
「じっとしてて」
スーミーはカイトの背中に手をかざすと、緑色の
魔法陣が現れた。
「キュア…」
カイトの背中の裂傷は少しずつ塞がった。
だが完全に治るまでには至らなかった。
「ありがとう、スーミー
だいぶ楽になったよ。」
「ううん、私の力ではこれが
限界…」
その時声がした。
「おーい 大丈夫か?」
声の方へ視線を向けると、兵士が二人
歩いてくるのが見えた。
「あの子は?」
「ああ、我々が保護した。
心配はいらない。」
「怪我は無いか?」
一人の兵士が言った。
「あ、カイト君がゴブリンに。」
「見せなさい。」
カイトは上着を脱ぎ背中を見せた。
「これはひどい。
だが治癒魔法をかけた跡がある。
これは君が?」
スーミーはコクっとうなずいた。
「よくやった。」
そういうと兵士はカイトの背中に手を当てて
「キュア」
と唱えた。
すると一瞬で傷は塞がった。
スーミーはその様子をじっと見ていた。
その様子をカイトは見逃さなかった。
もう一人の兵士は2体のゴブリンの死骸を検分していた。
「一体は斬撃、もう一体は弓、しかもヘッドショットだな。
これは君たちが?」
二人は頷いた。
兵士二人はニヤリとして頷きあった。
「ウチの隊に欲しい…」
「ああ…」
小さい声で囁いた。
「え?何か?」
カイトが言った。
「いやあ 何でもない。
それより君」
兵士はスーミーを指差した。
「さっきの受験生が君にと。」
兵士はスーミーに何かを手渡した。
「これは…」
「そうだ、受験生の必須装備だ。
彼女が君に渡してくれと。」
「え…どういう事でしょうか?」
「君が荷物を奪われるのを見ていたらしい。」
「それでは彼女が困るのでは?」
「彼女は棄権した。」
「……」
「君たちはこのまま続行するのか?」
「はい!」
カイトは答えた。
兵士二人はスーミーを見た。
そしてしばらく考えていたが。
「はい! やらせてください!」
と言った。
カイトも笑顔になった。
◆
先ほどまでモニターの前に居た
エルンスト・フォン・ヴィッツレーヴェンは
長い廊下を歩いていた。
前から派手な帽子をかぶった老齢の女性が
歩いて来て、エルンストの前で
足を止めた。
「どうやら助かったみたいね。
キケのお孫さん。」
エルンストはギロリと女性を見た。
「助けたのは私の孫よ
エルンスト。」
「何が言いたい?」
「別に。ただあの子は私の孫が居なければ
助かってなかったってだけ。」
「くだらん…」
「楽しみだわ。どっちが生き残るかしらね。
ふふふ…」
「そんな事を言う為にここに来たわけでは
ないのだろう? ローゼンタ。」
「ええ、ゴブリンの事よ。」
「やはりな。あの森には居ないはずだ。
試験のために、2か月前から山狩りを行い
上級魔術師達により結界も張られている。」
「バイゼルに怪しい動きがあると…」
「うむ…」
そうして二人は会議室の扉を開けた。




