ep23
「ああ…眠い…」
昨日は少し騒ぎ過ぎた。
斜め向かいのテーブルのカイトもパンを頬張りながら
大きなあくびをしている。
「おい! お前ら! もうちょっとビシッと
しろ! 昨日の晩はあんなに大声で騒いでたのに。
なんだこのざまは!」
父リースが動きが緩慢な俺たちを見てたまらず
叫んだ。
——————
正門の前まで来ると早くも多くの受験生が集まっていた。
「僕はここでお別れだ。」
アンビエントが言った。
「そうか、寂しくなる。」
「またねアンビエント!」
「元気で。」
「君達なら最後まで残れるって信じてるよ。」
「ああ、アンビエントの分まで頑張るよ。」
「アンビエント…」
シルヴィが涙ぐんだ。
「元気でね アンビエント!」
昨日の父さんのジョブマスターの話が本当なら
脱落する訳にはいかない。
それを確かめるためにも…
そうしてアンビエントは人ごみの中に消えていった。
試験期日が数日過ぎた頃、アンビエントの様に
故郷に帰る者は日増しに増えていくのだ。
——————
講堂は受験生達でざわついていた。
メルシオが壇上から受験生達を見下ろしている。
そして語りだした。
「諸君! まずはこの場所に来れたことを
誇りに思え。
1000名居た受験生はこの数日で今や300名足らず。
700名はこの場所から去ったのだ。
しかし君たちは残った。
途中、敵国の襲撃があったが、これは想定外の出来事ではない
、何故なら我々は未だ戦争中だからだ。」
メルシオがそう言うと、講堂が静寂に包まれた。
そしてメルシオが続ける。
「これから始まるフィールドワークは安全な街から外に出て
もらう事になる。
君達が行く場所は、ここから西へ5キロほどの場所にある
17番森林と呼ばれる、兵士の訓練用の森、そして
さらに17番森林の最奥にある、シニカの洞窟だ。
当然、モンスターや野獣に出逢う事になる。
もしかしたら敵兵に遭遇するかもしれない。
もちろん、我々が常に同行し、安全には配慮するつもりだ。
だが万が一の事がある。」
メルシオが一拍置いた。
そしてその眼差しは鋭さを増した。
「はっきり言おう、この二日間で君達は命を落とすかもしれない。」
受験生たちのざわめきが天井の高い講堂中に響いた。
「そこで諸君に提案がある。
今この時に試験を降りる事をお勧めする。
自信が無い者は今すぐ退席してくれて構わない。」
講堂は静まり返り、ピンと張りつめた空気になった。
「この試験は一度始まると、途中で中断する事ができない。
17番森林は広大で、君達に何かあっても我々がすぐに助けに
行けないからだ。」
受験生たちはざわめき始めた。
だが俺はなんとも思わなかった。
むしろその方がいいとすら思っていた。
シルヴィもカイトも一言も発していない。
それどころか笑みを浮かべているように感じた。
「さあ、最後の通告だ。
今日と明日は君たちが今まで味わった事のないような
過酷なものとなるだろう。
恥じる事は無い、ここまで来た事は誇るべき事なのだ。」
メルシオが言い終わると、一瞬の静寂のあと
俺の横に座っていた受験生がゆっくりと立ち上がった。
それにつられて、ポツポツと立ち上がる者が増えていった。
「それでいい。勇気ある決断だ。
立ち上がった者達に拍手を!」
だが、座ったままの者達は拍手をしない。
仕方がない…
俺はパンと手を叩いた。
その時、同時に手を叩く音がした。
音の方向を見るとあれは…モーノ…
まばらだった拍手はやがて調律の取れた盛大な
拍手へと変わった。
立ち上がった者達は、一人また一人と講堂を
出て行った。
メルシオが右手を上げ、開いた手を握った。
その瞬間、拍手はピタリと止んだ。
退出者が全て出て行くと、空席が半分以上に
なっていた。
「では諸君、改めて自己紹介をしよう。
私の名前は・メルシオ・ヴァルトライヒ・エクセシア王子だ。」
講堂に受験生たちのざわめきが響く。
「ちょ…ちょっとアシュリー…
メルシオおじさんて…王子だったの…?
なんで言ってくれなかったのよ!」
シルヴィは小声で言った。目を丸くしている。
「そうだけど? あれ?言ってなかったっけ?」
「私、王子にお茶をご馳走になったって事?…
ああ…なんて無礼な事を私は…死刑よね…」
シルヴィは頭を掻きむしっている。
「大丈夫だって! それにおじさん
君の事ちょっと気に入ってたよ。」
「本当に?…やだぁ どうしましょ…
私年上は…」
シルヴィの顔が急に赤らんだ。
「何を言ってるの? シルヴィ?」
ふふ…こういう所が彼女らしい…
「それもそうなんだけど、アシュリー…
あなたは一体何者なの?」
「僕は僕だよ…
ああ、母さんはメルシオおじさんの妹さ。」
「ええ!! って事は、エミリアさんはお姫様…
なんて事…
ああ…だけど今思い返すと頷けるわ…
アシュリーの宿…執事っぽい人が居て、お手伝いさんが
居て…もしかしてカイト君は最初から…?」
「うん、知ってたよ。」
カイトはにこやかに言った。
シルヴィはまだぶつぶつ言ってるが
放っておこうか…
その時、メルシオが声を上げた。
「今からフィールドワークの説明を行う。
いいか?一度しか言わん。
メモを取るなりして覚えるように。
ここからは、ここに居るスタイナーに説明してもらう。
彼はエクセシア蒼鷺騎士団の団長だ。
心して聞くように!」
また堂内がざわつき始めた。
「蒼鷺だって…?」
「もしかして50人斬りの…」
「あの方が…」
「あれ? あの人…」
カイトが呟いた。
「ああ、あのラッツとカイト君の試合の時の
審判の…」
シルヴィの声は意外と響いたのか、スタイナーが
こちらに視線を向けた。
そしてカイトを見つけたのか、少しだけ頷いた。
それに対してカイトも頭を下げた。
「それでは説明する。
メルシオ殿下もおっしゃられたが説明は
一度しかせぬ。
すでにここから試験は始まっていると心せよ。」
講堂が再びピンとした静寂に包まれた。
あの審判の時とはまるで雰囲気が違っている。
そこからスタイナーの説明が始まった。
<ヴァルキリー、バックアップよろしく>
<了解>
ルールはこうだ。
目的 1日目・・・日没までにシニカの洞窟入り口までに
到着する事。
2日目・・・洞窟の最奥にある祭壇に札を供えて来る事。
脱落条件・・・・・・時間切れ、棄権、試験官に救助を求めた場合。
特殊ルール・・・・・装備品は支給品のみ。
他の受験生との協力は可能。
奪い合いも可能
「今から支給品を渡す。
持参した荷物は全てここに置いていけ。」
スタイナーが付け加えた。
手渡されたのは、ナイフ、水筒(空)、寝袋、札 それだけだった。
「何か質問は?」
スタイナーがそう言うと数人の受験生が挙手した。
「じゃあ、君」
指されたのは、とんがり帽子にローブのいでたちの
いかにも魔法使いな男子だった。
「私は魔術師ですが、ナイフでは戦えません。
戦士系の受験生に有利だと思うのですが。」
「いい質問だ。
そのナイフは杖としての機能も持っている。
マナの伝導率はあまり良くないが
必要最低限の事はできるはずだ。」
「他に質問は?」
今度はガタイの良い女の子が当てられた。
「この試験の合格基準を教えてください。」
「うむ。
全員この質問が気になっていると思うが
何をもって合格とするかは、教えられない。
無事に帰って来る事。それだけだ。」
「あと一つ、君達の行動は常に上空から監視されている。
数十個の遠隔カメラを飛ばしている。
後ろを見てくれ。」
全員が振り返ると、入り口の上に巨大なモニターが
映し出された。
————
そして俺たちはスタート地点の西門に集合した。
「それでは最終試験、フィールドワークを始める。
まずは5キロ先の17森林を目指せ。」
スタイナーが別の試験官に目くばせすると
ゴーン!と銅鑼を鳴らした。
俺たちは西に向かって一斉に走り出した。
◆
シルヴィが脚力を生かして集団の先頭に踊り出ていた。
それを追うように体力に自信のある者達が続く。
シルヴィのペースでは5キロは持たない…
この道は微妙に上り坂になっている。
その時後ろから馬の駆ける音が近づいてきた。
「どけどけ! 邪魔だ!踏まれても知らねーぞ!」
乗っているのはラッツ…!!
「おお ゼロ野郎じゃねーか!
このまま馬にひかれて死ね!」
ラッツは手綱を引き、馬首を俺へ向けた。
だが俺は馬の動きを読み、寸前で身をかわした。
「ケッ! 運のいい野郎だぜ。
早く脱落しろ ゼロ野郎が」
そう言ってラッツの乗った馬は俺たちを引き離していった。
失格にはならなかったんだな あいつ。
まあ、とにかく水を確保しよう。
たしか少し南に行った所に川があったはずだ。
一応このあたりの地形はインプット済みだ。
俺は集団から外れて、南に逸れていった。
暫く進むと、浅い谷があり、小さな小川が流れていた。
当然誰もいない。
俺は水をひとすくいした。
<ヴァルキリー、この水は飲めるか?>
<成分解析中…>
<飲水可能です。>
<ありがとう>
そして支給された水筒に水を汲んでいると
後ろから声がした。
「考える事は同じだね」
俺は即座に振り返った。
声が聞こえるまで気配が全く無かったからだ。
「あなたは…」
「また会ったね アシュリー君」
「いいんですか?こんな所で道草食ってて
モーノ王子」
「ふふ…君に言われたくはない…
あとさ、王子っての止めない?
モーノって呼び捨てでもいいんだけど。
親戚じゃないか。」
「…わかりました。モーノ君…」
なんかやりにくいんだよな…この人…
「っていうか、もう行きますよ!
先頭からはだいぶ離された。」
俺は素早く水筒を鞄に入れ、歩き出した。
俺は元の道に戻るつもりはなかった。
このまま山の中を進む。
これだと他の受験生に会わなくて済むし
結果として最短距離だからだ。
だが道の無い山道とそびえ立つ崖や
いくつもの谷を渡らねばならないが。
恐らくモーノも同じことを考えているのかも
しれないが、後を追って来る気配はなかった。
そびえ立った崖の頂上に手をかけた時
俺の上に影が落ちた。
見上げるとそこには太陽を背にモーノが居た。
「モーノ君…どうやって…」
思わずその言葉がついて出た。
モーノが差し出した手を掴む。
俺が軸足に力を入れ、上へと踏み込んだ瞬間
モーノがパッと手を離した。
「しまった…」
思わず叫んだ。
俺はそのまま崖を落ちていった。
途中の岩棚を蹴り、何度か勢いを殺しながら、
なんとか下まで降りた。
「モーノ王子…いや、油断してた俺が悪い。」
ふと前を見ると、人がしゃがんで入れるほどの穴がぽっかりと
口を開けていた。
まさか…
俺はその穴に入って行った。
きつい傾斜のある道を進んで行くと、やがて穴を抜けた。
ここって…
そこはさっき俺がモーノに落とされた崖の頂上だった。
なるほど…この辺りはモーノの庭か…
俺は正直少し舐めていたのかもしれない。
悔しいが、気づかせてくれたモーノに感謝するべきかな。
俺は気を引き締め直して先を急いだ。




