ep19
「う…あはははは!!」
メルシオは突然大声で笑いだした。
店内の客たちがチラチラこちらを見ている。
「ちょ、ちょっとおじさん
そんな大きな声で笑わなくたって」
そんなに面白い事を言った覚えはない。
「いや 悪い悪い。
深刻な顔して何を言い出すかと思ったら
おかしくて ついな」
「おじさん、僕は真剣なんだ。
僕は今まで、ただ測定するだけだと
思ってた。
だけど、思ってたのと違った。」
メルシオは真面目な顔に戻った。
「お前、リースやエミリアから何も聞いてないのか?」
俺は首を横に振った。
「なんて親だ…全く…」
メルシオは呆れたような表情だ。
「この能力測定ってのはな
庶民が貴族に成り上がれるチャンス
なのさ。」
「え? それはどういう…」
「まぁ…たしかにお前は他の子供達とは
違うよな。
一見庶民だが、実は身分は確約されている
からな。」
「……」
メルシオは続けた。
「この一週間でふるいにかけられた一握りの
子供だけがエクセシア王立士官学校へ入学する事が出来る
のさ。」
「じゃあみんなそれを知ってて…」
「そうだ。
皆、そのために勉強し、剣術も磨いて
くるんだ。」
とんだ見当違いであった。
皆、俺なんかとは挑む覚悟が違ったのだ。
一族総出で人生をかけてここまでやって来ている
のだ。
そう言えば、カイトも爺ちゃんに師事していた、
シルヴィもそんな事をさっき言ってた…
アンビエントはどうなのかわからないが…
俺も父さんと毎日…
「そりゃ中には初めから軍属に興味ない者も
いるさ、親の仕事の跡継ぎや商人を目指す者
とかな。
それでも、このイベントは国民の義務だ。
全員参加のな。国からすれば、優秀な人材を
発掘できるかもしれない。」
「ところで今日、ブリジットって人に会ったよ。」
「何?」
俺は0番窓口への経緯と
さっき起こった事を話した。
「そうか、お前の担当はブリジットなのか。
面白い! 王もなかなか面白い奴を
あてがったな。」
「どういう事?」
「いや、これは今知る必要はない。
このイベントが終わる頃、わかる。」
もやもやするが聞き出そうとは思わなかった。
いずれわかるならそれでいい。
だから話題を変えた。
「ところで、平民から貴族になった人って
本当にいるの?」
「ああ、いるぜ。
そうだな…ああ、ビッターデン家は割と
最近かな。ほらあのラッツって少年の。」
「ラッツ…」
俺の表情が変わったことを察したメルシオは言った。
「あの子があんな感じなのは、相当なプレッシャー
があるからじゃないか?
失格にでもなったらそれこそビッターデン家の名誉の
問題になるからな。」
俺は少しラッツに対する考えが変わった。
「まあとにかくだ、アシュリー
お前はもっとドンと構えとけ。
残りの日程は
肩の力を抜いて、気楽に過ごせ。」
「わかった。そうする。」
「じゃあ、そろそろ行くとするか。」
「うん、ありがとう」
そうして俺たちはカフェを出て、大通りで別れた。
◆
城門の前は子供達でごった返していた。
皆、どことなくホッとした表情をしていたが
うつむき、頭を抱えている子供も多くいた。
その時、ヴァルキリーから通信が入る。
<マスター、3時の方向に適性反応あり>
<なんだって? 敵? 特定できる?>
<可能>
すると、見ている景色が急にモノクロになった。
人も建物も木々もモノクロだが、一つだけ
薄く光っている。
あれはなんだ…
人…?
俺が光を視認すると景色はまたいつもの色を
取り戻した。
だが光の出ていた場所はわかる。
その人物はローブを纏っていた。
人が行きかう中、城門の方を見て
立ち止まっていた。
俺は城門のほうから回り込み
真正面からすれ違いざまに確認した。
すれ違う瞬間
「殺してやる 殺してやる 殺してやる…」
その人物が呪文のように呟いているのを
はっきりと聞き取った。
そして、ローブの隙間から刃物の切っ先が顔を覗かせていた。
足元には紫の札が落ちていた。
どうするか…
ふと見ると、巡回の兵士が二人、こちらに向かってくる。
俺はゆっくりと兵士に近づき、ささやいた。
「兵隊さん…あそこのローブの人なんですけど…
ずっと、殺してやるって呟いてて怖いんです。」
「ん? どれ うむ、あれか
よし、声を掛けてみよう。」
背の低い小太りの気のよさそうな中年の兵士は
相方の痩せた兵士と共にゆっくりとローブの
男に近づいた。
「ちょっと君、何か問題でもあるのか?」
兵士がフードを覗き込んだ瞬間。
「死ねぇぇぇ!!!」
突然少年はナイフを兵士の肩に突き刺した。
兵士は少年のナイフを持つ手を押し返す が
「クッ…な、なんて力…」
もう一人のひょろっとした兵士は
ローブの少年を引きはがそうと羽交い絞めにした。
「な…離れん…」
辺りはパニックになった。
逃げ惑う子供達、悲鳴や叫び声があふれた。
その時ヴァルキリーから通信が入る
<複数の敵正反応が出現、特定する。>
ヴァルキリーがそう言うやいなや
視界はモノクロになった。
さっきの光が、5つほどに増えている。
新たに出現したのは、またしてもローブの者達だった。
その者達はすでにあちこちで騒ぎを起こし始めていた。
城門前の広場は阿鼻叫喚のカオス状態となった。
群衆心理が働きパニックになった広場は
応援に駆け付けた別の兵士達もローブの者へ近づけ
ずにいた。
どうするか…
辺りを見回すと、広場の端に“売り物件”と
書かれた建物が目に入った。
あそこなら…
俺は走って建物に近づき
隣の建物との狭い路地に回り込むと
勝手口のガラスを肘で割り、素早く中に侵入した。
そのまま階段を駆け上がり、3階に到達した。
思った通りだ。
部屋の角の出窓からは広場が一望できた。
下では逃げ惑う子供達でまるで
地獄絵図だった。
俺は窓を開けた。
「ヴァルキリー!」
俺が言うと、ライフルが俺の手元に
スッと出現した。
素早くカウンターに片足を乗せ
そのまま膝の上にライフルを乗せ、
スコープを覗いた。
1,2,3,4,5,6
6体か。
<ターゲット全て捕捉 ヘッドショット可能。>
いや待て…
<ズーム>
カメラが寄っていく
「…やっぱり子供だ…それも俺と同じ歳ほどの」
<ターゲットの首筋に何かが付着している。
装置から神経系への強制信号を確認。>
<操られているのか?>
<その可能性は90%以上。>
<仕方ない……
一つずつ落とす。
ヴァルキリー、頼む。>
<了解>
恐らく、測定を受けに来た子供だろう。
絶対に傷をつけるわけにはいかない…
俺は大きく息を吸った。
◆
「ちょっと!どうなってるの?これ!」
シルヴィが叫んだ。
「なんか騒がしいね」
アンビエントがのんきに言った。
エクセシア城の講堂から出てきた
3人は城門前広場の混乱を眺めていた。
「なんか様子がおかしいよ」
カイトが言った。
すると目の前に叫びながら走って来る
女の子が迫って来た。
「助けてー! 殺される!!」
その後を追うようにローブの人物が
追跡している。
逃げてきた女の子は3人の間に割って入った。
「ちょっ!」
その時
「死ねえええ!」
ローブの人物がナイフを振りかぶった。
「危ない!!」
気が付くと、シルヴィとアンビエントの上にカイトが
覆いかぶさっていた。
見ると
ローブの人物が振りかざしたナイフは
カイトの背中に刺さっていた。
「カイト君!! ああ…なんて事…」
「カイト!!」
動かないカイト。
だが少しして
「うっ…」
カイトの頭が少し動いた。
「みんな、大丈夫?」
カイトが言った。
よく見ると、ナイフはカイトのリュックに
刺さっていた。
「本をたくさん入れてて良かった。」
カイトははにかんだ。
分厚い本がカイトの命を救った。
「うがああああ!! 殺す…」
ローブの人物は再び動き出した。
「逃げるのよ!!」
シルヴィは叫んだ。
3人は立ち上がり、講堂の方に走り出した。
「アンビエントが…」
カイトが叫ぶ。
「ああ…ハァ…ああ…
走るのは…得意じゃない…」
アンビエントは胸を押さえながら
消え入りそうな声を出した。
すぐ後ろに迫るローブの男が
アンビエントに躍りかかった。
「アンビエントーー!!」
シルヴィとカイトが叫んだ。
気が付くと
ローブの男がアンビエントに覆いかぶさっていた。
だが、二人ともピクリとも動かない。
ナイフが傍に落ちている。
シルヴィはナイフを足で遠くに蹴った。
「ああ…アンビエント、アンビエント…」
シルヴィとカイトはローブの男を
起し、アンビエントの傍らに転がした。
「うう…」
アンビエントが声を出した。
「生きてるみたいだ」
カイトが言った。
「アンビエント…」
シルヴィの頬を涙が伝った。
その時、シルヴィは遥か後方の建物の窓の向こうに
キラリと光る何かを見た気がした。
◆
「ふう…」
正直肝を冷やした。
まさかあの3人に襲いかかるとは。
首筋の装置だけを破壊したはずだ。
ローブの少年にはダメージは残らない。
「次…」
俺は息を吐き集中する。
心を静め、冷静に引き金を引いていく。
あと4人…
あと3…
俺はスコープから目線を外し、大きく息を吸った。
そして再びスコープを覗く。
ローブの人物は兵士に囲まれながら
ナイフを振り回している。
相手が子供だけに手をこまねいているようだ。
息を吐く。
弾道のイメージがはっきりと浮かび上がる。
引き金を引く。
あと一人…
ん…?
どこだ? 姿が見えない。
スコープのレンズをあちこちに向けても
反応が無い。
<索敵広域…反応の消滅を確認>
ヴァルキリーが言った。
その時
バキッ…
小さく何かを踏みしめる音がした。
この建物か…
広場の混乱に紛れて、この建物へ入ったのか…
<適性反応、侵入者あり>
ヴァルキリーも同時だった。
俺は階段へ続く入り口に銃口を向けた。
ふーっと息を吐く
静寂が訪れた。
その時、足元が急に陥没した。
そして隙間から腕が出現し、俺の足首を掴んだ。
そしてそのまま階下へ引きずり込まれた。
バキバキと轟音と共に折れた木材にまみれながら
背中から落下した。
「うぐああああ!! 殺す!!」
ローブの人物は俺に馬乗りになり、持った
ナイフを俺の顔に振り下ろした。
だが、振り下ろした手を両手で受け止めた。
「くっ…なんて力……」
だが徐々に押し込まれていく。
そしてナイフの切っ先が瞳を突き刺そうとした瞬間。
ガクッとローブの人物の力が抜けた。
「大丈夫か?」
男の声が聞こえた。




