ep17
「たしかその本は“夜のカラス”という物語だったよ。」
カイトが言った。
「それって創作物語だろ? カイト。」
物語なら、そんな話はたくさんある。
「そうなんだけど…似てるんだよ。」
「何が似てるっていうの?」
アンビエントが言った。
「今の状況だよ。
その物語の主人公も魔法が使えないんだ。」
「……」
「その主人公はどうなったの?」
アンビエントが食い気味に聞いた。
「それが…
冒頭の部分だけが残っていて、あとのページは
破られていたんだ。」
「そんな本、どこにあったんだ?カイト。」
俺も少し興味が湧いた。
「じいちゃん家の書庫だよ。」
カイトが言った。
カイトの家は製版工場を営んでいるが
元々はカイトの祖父が興した事業だった。
それにそのじいちゃんもかなりの本の虫
だったらしい。
「たしかカイトの爺ちゃんもかなりの本好き
だったよね。」
「そうだよ。それに僕の師匠でもある。」
カイトの祖父は1年前に他界している。
自分が昔は英雄だったと吹聴してたが
皆冗談だと思って聞き流していた。
葬式の日、どこからともなく見た事も無い
大勢の屈強な者たちが参列したのは記憶に新しい。
その事によって、あの爺さんの
言ってた事は本当だったのかもと
認識を改める者も多くいた。
俺は何度かロバートやリースに聞いてみたが
いつも
「さあな」
というばかりだった。
「その本は作者がわからないんだ。」
カイトがぽつりと言った。
◆
「さて…昼からは体力測定だったね。」
アンビエントが言った。
「その前に…昼ごはんだ!」
カイトが腕を突き上げた。
「もうそんな時間かあ。」
「何にする?アシュリー!」
カイトは今にも駆けだしそうにしながら
聞いた。
「こんなに沢山の露店があって、迷っちゃうよ~」
アンビエントが言った。
それからはワイワイしながら
俺たちはそれぞれ好きなものを露店で買い
頬張った。
「13時半から運動測定で~す。
受験番号の順に並んでくださ~い。」
あちこちで係員が受験生たちに声を掛けている。
昼の部は運動測定だ。
基本的な運動能力を見るものだ。
走る、飛ぶ、柔軟、力
全員が同じ種目で測り、少しずつその者の適性を絞っていくのだ。
「どうしたの?アンビエント?」
アンビエントが急に静かになったのだ。
「実は…僕…運動が…」
俺はアンビエントが脇に挟んでいる測定票をちらりと
見てしまった。
体力 2
と書かれていた。
俺は12だったが…
天は二物を与えずという事か。
かくして体力測定は始まった。
「次、受験番号245、
アンビエント・アンビルバイン」
試験官が事務的に名前を言った。
「は…はい…」
蚊の鳴くような声だった。
「何ですか?聞こえません。」
「はい」
「では、あそこまで走ってください。
よーい ピッ!」
…………
「おい、なんだありゃ?」
「歩いた方が速いんじゃないか?」
失笑が漏れた。
アンビエントのそれは走りとは程遠かった。
いうなれば年老いた病人のリハビリのようだった。
「おい、早くしろよ! つかえてるんだ!」
「静粛に!」
アンビエントの測定は全ての項目で時間がかかったのだ。
「受験番号444カイト・ジグナール!」
「はい!」
「あそこまで走ってください。
よーい ピッ!」
バシュッ!!
どよめきが起こった。
「おい!見たか あの小さい奴
速ええ!」
カイトは足は速かったのだ。
「んぐっ……」
歯を食いしばって力むカイト
「おい! めちゃくちゃ力んでるぞ
あの眼鏡君。」
「おーい 鼻水垂れてんぞ!」
「ああ、だが、あの砂袋は5キロだ…」
ここでも失笑が漏れた。
「次!受験番号662番‥‥」
あと少しだな。
そう思った時。
「おい…
聞いたぜ…お前、魔力ゼロだったんだろ?」
隣の列を見るとそこにはあいつが立っていた。
「お前はラッツ…」
あいつも俺の列に並んでいたのか。
「おい! ラッツ様 だろ!
言い直せ!」
取り巻きの少年が言った。
「帰れよ、銀髪のゼロ野郎」
ラッツが言った。
「そうだ帰れ!」
取り巻きもそれに続く。
はっきり言って、こいつらを屠るのは
わけない。
だがその時、両親の顔や妹、村の人たちの顔が
浮かんだ。
そうだ、そんな事を考えたって誰も得しない。
俺は無視する事にした。
「チッ スカしやがって…ゼロ野郎が…」
その行動がラッツの闘争心に火をつける事になった。
その時、後ろから声がした。
「ちょっと、やめなさいよ!」
振り返ると、俺と同じ列の後ろでラッツに向かって
声を張り上げた者がいた。
女だ…典型的なエクセシア人の赤髪で
かなり短いショートカットだ。
「なんだ手前ぇ! 男みたいな髪の毛しやがって!」
ラッツが言い返す。
「静粛に!! これ以上は減点対象ですよ!」
試験官が注意して、この場は何とか収まった。
「クソが…」
ラッツは俺を睨んでいた。
「次、受験番号699番、アシュリー・セラス」
俺は名前を呼ばれ、ダッシュのスタートラインに立つ。
そしてふと横を見ると、ラッツがいた。
あいつ、わざとタイミングをずらして
俺に合わせたな…
ラッツはニヤリと笑った。
「それでは、よーい! ピッ!」
スタートの笛と共に俺は右足を
踏み込んだ。
そこでどよめきが起こった。
「なんだあいつ、速えぞ!」
「なんか軽く流しているように見えるけど」
そんな事を話されているなんて
俺は全く気が付かなかったが…
と、横を見ると、少し後ろにラッツがいた!
鬼のような形相だ。
よっぽど俺に勝ちたいらしいが
いちいち気にしてられない。
ゴールに着くと、俺はふうっと
一息ついた。
俺はラッツに目もくれず、次の種目に移った。
次は跳躍か…
「次、699番、手に粉をつけてください。」
試験官が言った。
なるほど、垂直飛びだな。
「699番、85センチ。」
試験官が抑揚のない声で言った。
またどよめきが起こった。
「85センチだって!?」
「10歳だぞ、大人でもそんなに‥‥」
「化け物じゃないか…」
化け物とは…あまりいい気はしないが…
軽く飛んだつもりだが、やり過ぎたかもしれない。
その時ふとダッシュの計測をしている
受験生が目に入った。
あれはさっきの…
ラッツに注意したあの女の子だ…
おお、結構速い…
威勢だけじゃなさそうだ。
それから俺はその後の種目も難なくこなし
その都度どよめきが起こったが
なぜ皆がどよめくのかイマイチ理解できないまま
一日目の測定は終わりを迎えた。
「アシュリー!」
カイトが手を振っている。
その横でアンビエントが立っていた。
「カイト! アンビエント!」
俺は小走りで2人の元に向かった。
「二人ともどうだった?」
「僕はまあ、ぼちぼちだけど…
アンビエントが…」
カイトがアンビエントを指差した。
そこには抜け殻の様になったアンビエントが
いた。
「アンビエント…大丈夫?」
「全て、測定不能…と
けた外れの運動音痴
この大会始まって以来だと…
試験官の耳打ちが聞こえてしまったんだ…
これでは村のみんなに合わせる顔が…」
アンビエントの目から大粒の涙が流れた。
「アンビエント、大丈夫だ。
君には人並み外れた魔力がある。
俺には無い物だ!」
俺はアンビエントを抱きしめた。
「アシュリー…」
そう言ってアンビエントはわんわんと泣いた。
「あのー お取込み中失礼ですが…」
後ろから声がした。
振り向くと、女の子が一人立っていた。
「あ 君は」
さっきのショートカットの女の子だった。
「アシュリー君だよね!」
彼女のそのほとばしるような笑顔に
アンビエントは涙が止まり、カイトは眼鏡がずれ
俺は開いた口が塞がらなかった。
「アシュリー 誰?この人
なんか君の事を知ってるみたいだよ。」
カイトが言った。
「申し遅れました。
私はシルヴァナ・オーギュスト・カンドールって言います。
東のオッル海岸の村から来ました。
シルヴィって呼んでください。」
シルヴィは軽くひざを曲げてお辞儀をした。
貴族の作法だ。
「僕はカイト・ジグナール、アシュリーと同じ
北のローデン砦から来ました。」
「僕はアンビエント・アンビルバイン、
ビオン村から来ました。以後、お見知りおきを。」
そう言ってアンビエントは貴族の作法で
礼をした。
「しかしオッル海岸と言えば、今大変なんじゃないですか?」
アンビエントが言った。
既に涙は渇いている。
そうだ、東側の一部はバイゼルに侵攻され、
一部が占領されているのだ。
「私の村はギリギリ占領されずに済んだの。
騎士団が必死の抵抗で村を守ってくれたわ。
時々小競り合いはあるけど、今は割と平穏よ。」
「そうだったんだね。
少しほっとしたよ。」
アンビエントが言った。
「それでさ、なんでシルヴィはアシュリーの事を
知ってるの?」
「ああ それは」
「ああ それは」
同時に言った。
「じゃあ レディファーストで僕が説明するよ。」
そして、測定中のちょっとしたいざこざを
二人に説明した。
「なんだよあのラッツって奴
貴族だからって偉ぶってさ。」
カイトはご立腹だ。
「あの時、私が余計な口出ししちゃったかなって
思って。」
シルヴィが申し訳なさそうに言った。
「大丈夫だよ。放っておけばいいんだよ
あんな奴。」
俺はさして気にもしていなかった。
「そうかなぁ…」
カイトが呟いた。
「それじゃあ、みんな、また明日ね!」
シルヴィが言った。
「うん、お互い頑張りましょう!」
アンビエントが言った。
そうして皆、それぞれの宿に戻り
俺とカイトは母の別邸へと戻った。
◆
「カイトの魔力が52だって!?」
父が大声を上げた。
「すごいじゃないカイト!」
母のエミリアも声をあげる。
「やっぱりカイトは爺さんの血を引いている
のかもな…」
父がふとこぼした。
「ねえ、父さん、カイトのお爺さんって
どんな人だったの?」
俺は尋ねた。
「ああ、それはな…」
父はカイトに視線を落とした。
カイトを見ると少し表情をこわばらせているようだった。
「また今度話そう。
なんてったって今日は試験の初日だ。
まだ先は長い、しっかり食って、ぐっすり寝て
明日に備えなきゃ。」
父は言った。
カイトの表情は曇ったままだった。
「カイト! 食べよう! この肉巻きアップル
うまいんだぜ!」
「うん!」
カイトの表情が戻った。
良かった。
だがなぜ父はカイトのお爺さんの話をはぐらかすのか。
そしてカイトの表情…
きっとあまり話したくない事情があるのだ。
無理に聞き出すものではない。
そうだ、明日は黒札を持って0番受付だったな…
何があるんだろう…
それから布団に入ると一瞬で眠りに落ちた。




