ep16
試験一日目
快晴のエクセシアの空に
花火が上がった。
一年に一度の能力測定の一週間は
王都のビッグイベントでもあった。
ストリートには露店が立ち並び
地方からも多くの観光客が訪れる。
街は人で溢れていた。
「アシュリー、お前とカイトは二人で
会場まで向かうんだ。」
リースが言った。
当日は家族の同伴は認められていない。
家を出た瞬間から審査は始まっているのだ。
窓から外を見ると、街角にバインダーを持った
男や女が鋭い視線を道行く子供に送っていて
時々何かを書き込んでいる様子がうかがえた。
「じゃあ行ってきます。」
俺は抑揚のない声で言った。
「おい、アシュリー、自信持て!」
リースがガッツポーズをしてみせた。
「場所はわかるわね?」
母エミリアが言った。
「うん、エクセシア城の城門前だよね。」
「二人とも受験票は持ってる?出してごらんなさい。」
俺はコートの内ポケットから受験票を取り出した。
受験番号は699と書かれている。
隣ではカイトが鞄をまさぐっている。
「えっと…たしかここに…」
するとカイトの上着のポケットから
受験票がはらりと落ちた。
「カイト、さっきポケットに入れてた
じゃないか。」
「あ、そうだった…えへへ」
そう言ってカイトは頭を掻いた。
「うわあ、やっぱり王都はすごねえ~」
外に出ると、たくさんの人、巨大な建造物を
前にしてカイトが思わず口走った。
「カイト、試験はもう始まってるよ
浮かれてたら減点されるかもよ。」
俺は少し意地悪く言ってみた。
「そうだったね、気を付けるよ。」
カイトはズレた眼鏡を少し上げた。
大通りを歩いていると、前方が何か騒がしい。
「どこの村だお前!」
「僕は南のビオン村だけど。」
ひょろっとした少年が言った。
「そんな村聞いたこともねえ。
田舎者がちんたら歩いてんじゃねえよ!
王都出身のラッツ様の前をな!」
すると周りが少しざわついた。
「ラッツ? もしかしてビッターデン伯爵家の?」
「もうそんな歳に…」
そんな囁きがいくつか聞こえた。
「ねえ、なんか揉めてるみたいだよ
アシュリー」
カイトが言った。
「うん、でも関わらないほうがいい。
ほら、大人たちは干渉しないだろ?
こういう所もチェックされているんだ。
……って、カイト?」
カイトがいない。
「君、そういうの良くないよ!
仲よくしようよ。」
気が付くとカイトは横柄なその少年に話しかけに
行っていた。
「なんだお前、チビのくせしやがって
俺に文句あんのか?」
ラッツはカイトを突き飛ばした。
尻もちをついたカイトの鞄から本が何冊か
ばら撒かれた。
そして、受験票がラッツの足元に舞い落ちた。
「お前、ひょっとして受験生なのか?
赤ちゃんかと思ったぜ。」
そういうとラッツはカイトの受験票を踏んだ。
「おい、そのへんにしとけよ」
俺は衝動的にラッツの前に立っていた。
しまった…
「なんだてめ…
!!」
そう言ったラッツは、俺の目を見て固まった。
俺は無意識に殺気を出していた。
前世で数十年暗殺家業をやっていた時の
そのままに。
「お、覚えてろよ、俺は
ビッターデン伯爵家の…」
ラッツがそう言いかけたが
「大丈夫?カイト!」
俺はラッツに背を向けてカイトの本を
拾い集めた。
そして、ラッツに踏まれた受験票を手で払い
カイトの胸ポケットに入れてあげた。
「お前、名前は!?」
後ろでラッツが言っている。
「アシュリー・セラス」
「ちっ! 覚えておくぞ!アシュリー
俺に恥をかかせたことを後で
後悔させてやる。 どけっ!」
そう吐き捨てて、ラッツはさっきのひょろっとした
少年を突き飛ばして消えていった。
「ありがとう、助かったよ。
僕はアンビエント 受験生だよ。」
突き飛ばされた少年アンビエントは
アシュリーに手を差し出した。
「こちらこそ、僕はアシュリー
受験生だよ。よろしく」
俺はアンビエントと握手を交わした。
「君も、ありがとう。
君がいなければどうなってた事か。」
アンビエントはカイトにも手を差し伸べた。
「いいんだ。
僕はカイト、カイト・ジグナール」
アンビエントはカイトとも握手を交わした。
「よかったら受験会場まで一緒に
向かわないか?アンビエント。」
「いいのかい? いや実は道に迷っちゃって。
きょろきょろしてたらさっきの…」
アンビエントは申し訳なさそうに言った。
「もちろん!」
「助かるよ。実は僕、一人なんだ。」
「僕たちだって二人さ。
でもこれで三人だ。」
カイトは屈託のない笑みを浮かべた。
そういって俺たちはエクセシア城に向かって
再び歩き始めた。
◆
「ラッツは敵を作り、アシュリーは仲間が
一人増えた。」
「どうだかな…やっぱりアシュリーも
敵を作っちまうのかもしれん。」
アシュリー達の一件があった場所から100メートルほど
離れたオープンカフェで二人の男が話をしていた。
「あの子はやはり特別だ。リース。」
「だといいが…」
リースはため息をついた。
「魔力が無いことか?」
「それもあるが…
自己肯定感が低いんだ。」
「……」
「軍を率いて、戦局を左右する判断に迫られた時、
それが意思決定に大きく影響する。
そうだろ? メルシオ。」
「背負い込み過ぎているか…」
メルシオは皿の上の杏子パイを口に放り込んだ。
「自分が曾祖父アルベルトの生まれ変わりだと
周りから言われる事が大きいのかもしれん。」
「グールの一件ではよくやったそうじゃないか。
あれはどうなったんだ?」
「アシュリーのスキルは俺も今まで見たことが無い。
自分のスキルの一部を誰かに付与できるんだ。
バスケスとカチュアの姉妹にコアが目視できる
スキルを付与したんだ。」
「ああ 聞いた。
すげえじゃねえか、なんでそのまま続けない?」
「グール討伐はバスケスとカチュアが継続している。
あいつらには違う目的もあるしな。
仕事の合間を縫ってアシュリーのスキルを借りて
少しづつグールを狩り続けているよ。」
「ふむ…」
メルシオは紅茶を口に含んだ。
「アシュリーには危険だと思ったんだ。
幼いうちの成功体験は、成長を歪ませる。
これは俺の直観だがな。
だからあの件から退かせたんだ。」
「ふふ…ちゃんと親してんじゃねーか!
あのリースさんがよ。」
◆
「すごいな…やっぱり…
どうやって建てたんだ。」
カイトが言った。
見上げるほど巨大な白壁の城壁と
人の胴ほど分厚い城門の前には
すでに各地から集まった少年少女たちが
長い列を作っていた。
「まずは受験票を提示してください!
順番にチェックしていきます。」
係員が汗びっしょりになって声を張り上げている。
「はい、君たち、受験票見せて」
係員に言われるまま各自受験票を見せる。
「699番は…
はい、一番奥の列の後ろについて。」
俺は5列ある受付の一番奥の列に指示された。
「みんなバラバラだね。」
アンビエントが言った。
「終わったらまたここで再開しよう。」
そういって、俺たちはそれぞれの受付の順番に
並んでいった。
俺が並んでいると、ふと声をかけられた。
「あの…もしかして、アシュリー・セラスさんですか?」
「ああ そうだけど…」
俺は少し戸惑った。なぜ俺の名前を知っているのか。
「やっぱりだ! おい、この人やっぱりアシュリーさんだぞ!」
「ほんとか!?」
話しかけてきた少年の言葉が次々と周りをざわつかせていく。
「その銀髪でわかりました。あなたがあのリース元騎士団長の
ご子息だってね!」
「おお、アシュリーさんと同じ列に並ぶとは
光栄です!」
「一緒に頑張りましょう!アシュリーさん」
周りのテンションとは裏腹に俺は気分が沈み
一人取り残されて行くような気持ちだった。
帰りたい…
そう思った。
順番が進み、俺の順番がいつになるのか
数えればわかるくらいになった時、真ん中の列の
先頭あたりから歓声が上がった。
「魔力70だって!?」
「上限100のうち70って…」
「10歳だぞ?」
「ビオン村、アンビエント・アンビルバイン!
魔力70、赤札を持って1番へ!」
あたりはどよめきが起こった。
アンビエントって…まさか。
俺は逃げ出したい気持だった。
先ほど彼を助けたつもりになっていた
自分を恥じた。
あと5人か…
暗い気持ちのまま、俺は少しづつ進んでいく
順番を待っていた。
するとまた、どよめきが起こる。
「魔力52、ローデン砦、カイト・ジグナール!
赤札を持って1番へ!」
「!? まさか」
俺は思わずつぶやいた。
そこからの記憶は途切れ途切れだった。
灰色の記憶。
「アシュリー・セラス…
ん?」
試験官が測定装置の故障を疑っている。
「魔力ゼロ…? そんなはずはない
もう一度。」
何度やっても一緒だ…
俺は大声で叫びたかった。
「アシュリー・セラス…魔力ゼロ…
黒札を持って0番へ…」
さきほど声をかけてきた少年たちは
俺から目をそらし、お互い耳打ちをしながら
足早に去っていった。
試験官が
「次の方」
と言った。
0番窓口には誰も並んでいなかった。
俺は黒札を持ち、受付の女性に手渡した。
「アシュリー・セラスさんですね。
はいこれを。」
そういって女性は俺に紙を手渡した。
「じゃあ、明日は10時にここに来てください。」
「え?」
俺はてっきり失格で明日は無いと思っていた。
「試験開始は10時15分からです。
遅れないように。」
待ち合わせ場所にはカイトとアンビエントが居た。
「おかえり、アシュリー」
カイトが言った。
「どうだった?」
アンビエントはあっけらかんとした
口調で言った。
「君はいいよ…」
思わず口について出る。
「え?」
アンビエントの表情が曇った。
「アシュリー?」
カイトも困惑している。
「魔力が…無い…
ゼロ…なんだ…」
「え…」
「そんな事が…」
二人は言葉を失っていた。
「すごいじゃないか! 君たち!
遠くからでも聞こえてたよ!」
俺は明るく振る舞おうとしたが、二人に
余計に気を遣わせる結果だった。
「アシュリー、それで…どうなったの?」
アンビエントが恐る恐る聞いた。
俺は黒札をもらい、0番に通された事を
伝えた。
「黒札?ゼロ番だって!?確かかい?」
アンビエントが声を上げた。
「あ、ああ…それが…何か?」
「そんな番号は無いよ!
ほら!」
そういって、アンビエントは概要書を俺に見せた。
それを見ると
たしかに、能力によって、赤、青、黄色、緑、紫に別れ
それぞれ1~5の窓口に進むと書かれてある。
「診断書を見せて!」
そう言うとアンビエントは先ほど手渡された紙を
俺の手から取り上げた。
「なんだ…これは…」
アンビエントが固まっている。
俺も一緒に覗き込む。
この紙は診断書だったんだと気が付いた。
能力基礎値測定データ
名前 アシュリー・セラス
体力 12
魔力 0
精神 測定不能
しばらく沈黙が続いた。
「待って…本で読んだ事がある。」
何かを思い出したように突然カイトが口を開いた。
「何を?カイト」
「黒札の事」
カイトがそう言うと
アンビエントがごくりと唾を
飲み込んだ。




