ep15
——5年後
北の砦の村ローデン
「こんにちは!」
ノックの音がした。
「おーい!表に誰かが来てる
手が離せないんだ、アシュリー出てくれ!」
リースが言った。
「はーい」
俺は玄関の扉を開けた。
開けるやいなや、俺はその人物に抱きつかれた。
「ちょっ! おい!」
「アシュリー! 会いたかったよ!」
巨大なマシュマロが俺に当たっている。
「ちょっと…どちら様… って…」
「久しぶり! アシュリー!」
「ああっ!君は…ウナ!」
「おっきくなったね!アシュリー!」
俺は十歳になった。
バスケス達とのグールの一件以来、
この5年間は普通の子供として過ごした。
年の近い子供たちと遊び、家の仕事を手伝い。
父と共に狩りにもでかけ、時々、エクセシアにも
訪れた。
もちろん特別ではない限り、父との朝稽古は
続けていた。
目の前のウナは俺とは5歳離れている。
当時はよく遊んでくれた。
俺にとっては姉のような存在だ。
ウナは10歳になった時、エクセシアに行き
能力測定を受けた。
エクセシアの民のしきたりで、その年に
10歳になった子供は8月8日から1週間
エクセシアに集められる。
エクセシア領の街や村から集められた子供たちは
魔力測定やスキル適正の測定が行われ
優秀な人材はエクセシアの教育機関で
5年間の無償教育が受けられるのだ。
ウナはこの測定で、魔力量こそ人並みだが
敏捷性と精神力が人並み以上と測定されたため
無償教育の資格を与えられ、5年の修行の末
今日、ようやく村に戻る事が許されたのだ。
「大きくなったわね…アシュリー!」
ウナが言った。
「ウナも…」
と言いかけてあわてて止めた。
どうしても胸に目がいってしまう。
「私と同じ背丈じゃない。
私なんて縦に伸びずに横にばっかり…」
ウナはぶつぶつ言った。
「よう! ウナ! 久しぶり!」
タオルで手を拭きながら父が奥から現れた。
「ご無沙汰しています!リースおじさん!」
ウナはぺこりと頭を下げた。
「斥候職になったんだって?」
「はい! なんとか…
年が明けたら、軍に配属です。」
「なんとかって…
卒業する事自体すごい事なんだ。
五年後にはもと居た同級生は3分の2に
なっている。
それに修士過程では次席だったそうじゃないか!
しかも主席のオーガ王子と僅差だったって
聞いたぜ?」
リースが言った。
「キーっ!! あいつ…あっ
オーガ王子にはいつも先を越されていました。
キザな奴で私の事をいつもからかって…」
「ふふ…」
リースが微笑んだ。
「あ!そうだ アシュリー! 聞いたわよ
毎日リースおじさんと剣の稽古してるって。」
「うん まあ、一応ね…」
俺は答えた。気乗りのしない話題だ。
あまり自信が無いからだ。
「一丁手合わせ。お願いしようかな!」
ウナは満面の笑みだ。
「おおっ! ウナ それはいい。
アシュリーも相手が俺ばっかりで飽きてるだろうから
俺からもお願いするよ!」
「ええっ! ちょっと父さん…」
テンションの下がる展開だ…
「ウナ姉さんの胸を貸してやるか!」
そう言ってウナは自分の胸をポンと
叩いた。
そして
俺たちは裏庭に出た。
「よし、これを使え」
父はいつも使う木剣を俺たちに渡した。
木剣を渡されたウナは片手でブンと一振りした。
「いい音だ、ウナ。」
父が言った。
「いやいや、私なんて全然です…」
「よし、じゃあ二人とも向き合って。」
父は俺とウナの中間に立った。
ウナとの距離は約8mってところか…
「はじめ!!」
父が手で空を割いた。
その瞬間、ウナの姿が消えた。
一瞬で俺の間合いに入り、横なぎ切りを繰り出す。
俺は間一髪剣で受ける。
「速…」
そして次々と連続攻撃を仕掛けて来るウナ。
俺はそれを受け、いなし、かわしながら少しずつ
後ろへ後退していく。
「アシュリー、その線を出たらお前の負けだぞ~」
父が気の無い声でハッパをかける。
父との稽古で使う境界線だ。
押し込まれて足が少しでも出たら負けだ。
「どうしたの?アシュリー、そんなもの?」
恐らくウナは手を抜いている。
それでもこの苛烈な連続攻撃…
だが俺はここからだ…!
俺は素早くしゃがみ、体を回転させてウナの後ろに回り込んだ。
回転によるスピードを殺さないまま、剣を横に振る。
カンッ と剣は受け止められた。
ウナは後ろを向いたまま、背中で剣を受け止めたのだ。
俺はすぐさま間合いの外に飛び退いた。
しかし、ウナは体を半回転させ、鋭い突きで一気に
俺の間合いに侵入してきた。
強い…
父とはまた違う、体の柔らかさを利用した
しなやかな剣技だ。
俺はバックステップでウナとの距離をさらに取った。
そして改めてウナと向き合う。
大きく息を吸い、長く吐く。
そして息を止める。
ヴァルキリーが囁く。
<マスター、スキルを使う?>
<いや、いい>
<承知>
その瞬間、視界のウナが消える…
だが俺は瞬きをしない。
ウナがジグザグに動く軌跡が見える。
そして俺とウナは一瞬で交錯した。
「いっ…ててて…」
俺はウナから肩口に一太刀浴びていた。
「勝者ウナ!」
父が言った。
「待って!おじさん」
「ん?どうしたウナ」
「私の負けよ…」
ウナが言った。
その瞬間、父リースの口角が少し上がった気がした。
ウナがそう言うと胸の谷間の辺りにある
紐がはらりと落ちた。
そして皮膚には赤い痣が出来ていた。
「いや、僕の負けだよウナ…
君はあの一瞬で太刀筋をずらしたんだ。
本当なら、僕の頭に直撃していた。」
真剣であれば俺は死んでいただろう。
「まだまだだな、アシュリー!
だけどなウナ、これでもアシュリーは俺から
10回に1回は一本取るんだぜ。」
父が言った。
「うん、10歳にしては飛びぬけてるわね。
あなたをオーガにも見せたいわ。」
ウナが言った。
「ねえウナ、オーガ王子とウナはどっちが強いの?」
「ハァ…それは聞かないで…
まあ、ちなみに言っとくけど、彼からは1本も取った事は
ないわ…」
「そんなに…」
俺は憂鬱になってきた…
なぜなら今日は8月7日。
明日から各地方からエクセシア王都に
10歳の子供が集まり、能力測定を行う
イベントが始まる日なのだ。
「さあアシュリー、支度は済んでるな?」
父が言った。
「うん、あとはカイトが来るのを待つだけだよ。」
今年、俺の村で10歳になる子供は俺とカイトという
少年だけだった。
例年であれば10人程度はいるらしいのだが
俺の生まれた年は不作の年だと言われた。
「あ、来た、カイトだ おーい!」
俺は手を振った。
「ごめーん、待たせちゃった?」
カイトが答えた。
背が小さく、大きな眼鏡をかけ
体に似合わぬ巨大なリュックを背負っていて、
脇には分厚い本が挟まっている。
ガバガバのコートを引きずりながらゆっくり歩いてくる。
「なんだよその荷物。」
俺は言った。
「ああ、これ? 本だよ。」
カイトは平然と言った。
「そんなにいらないだろ? どう考えても…
いつ読むんだよ。」
そう、カイトは本の虫であった。
四六時中本を読んでいるのだ。
両親は小さな製版工場を営んでいて
周辺の村や町の新聞やチラシの印刷などを請け負っている。
仕事が忙しためにエクセシアに同伴する事が出来ず
俺たちが付き添いを頼まれたのだ。
「いやあ、この本を読むとさ、この事が
書かれてるだろ?だったらこの本も参照しなきゃ
ならないから…」
カイトは大きなリュックを降ろし、中から本を
取り出して説明しだした。
「わかった、大丈夫だよ。本をしまって。」
沢山の付箋が貼られた本をぎこちない動作で
しまっていく。
時々眼鏡がずれてそれを元に戻す。
「よし、じゃあ行こうか。
母さんたちは向こうで待ってるからな。」
「行ってらっしゃい、アシュリー!」
「さあ乗った乗った。」
御者のオンジは荷物を荷台に引き入れ始めた。
「いよいよじゃな、アシュリー、カイト。」
オンジがうれしそうに言った。
「うん…」
俺は小さく返事を返した。
バシッとオンジは俺の背中を叩いた。
「そんなんでどうする!はい 乗った乗った!」
俺は浮かない足取りで荷台に乗り込んだ。
「オンジ、出してくれ!」
父が言うと
オンジは出発の鐘を鳴らした。
◆
「はあ…やっとだ…」
早朝に出発してから丸一日
夕日も沈み、辺りが暗くなりかけた頃
ようやく、少し先にエクセシアの街の明かりが
見えてきた。
王都に着いた頃には陽もどっぷりと暮れ
街は夜の賑わいへと変わっていた。
石畳の道には魔導灯が並び、酒場から笑い声が漏れている。
「オンジ、お疲れ様」
そう言ってリースは規定料金よりも
少し色を付けて渡した。
「じゃあまた10日後に。」
「はいよ、毎度あり。」
丁度そこに、見慣れた顔がいた。
妹のアンとルイと執事のワイゼルが立っていた。
妹の二人は満面の笑顔で
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
まったく同じ声色の二人が同時に言った。
「お疲れ様でした。リース様、アシュリー様。
それにカイト様ですね。
さあ、こちらに。エミリア様がお待ちです。」
「え? 僕もですか?それに様って…」
カイトが言った。
「ああ、いいんだ。カイト。
お前の部屋もちゃんとあるから心配するな。」
リースが言った。
「カイト様はご両親からお預かりした御身。
セラス家の大切なお客様です。
さあ夕餉の支度が整っております。
ゆっくりおくつろぎください。」
ワイゼルがにこやかに言った。
「いいのかい?アシュリー」
カイトは不安そうな顔で言った。
「大丈夫。それにさ、キアラの作る料理は
絶品なんだ。」
俺はすでによだれが出るのを必死で
飲み込んでいた。
「ええ~ 楽しみだよ。」
カイトは目をキラキラさせた。
◆
楽しい食事も終わり、カイトと風呂に入った。
湯船につかりながらカイトが言った。
「アシュリー、僕、こんなに楽しい食事
初めてだったよ。それに食事も最高だった。」
「そうか、カイトの家は毎日忙しいもんね。」
「うん。ありがとう。」
「ううん。いつでもおいでよ。」
カイトは頷いた。
その夜、俺は布団に入ると一瞬で
眠りに落ちた。
カイトはあてがわれた部屋の棚に本がたくさん
置いてあった事にテンションが上がり
なかなか寝付けなかったという。
明日からは、不安と期待が入り混じる
能力測定が始まる。




