相談No.5 復讐の双剣使い
「グレンさん。今日限りで、パーティ解消の申し出がありまして」
冒険者のグレンは最初、受付嬢の言葉を聞き間違えたかと思いました。
「解消って? あいつらはどうなんの?」
「えっと、その……」
受付嬢は言葉を濁しながら、遠回しに、けれど要件はしっかり、「パーティを抜けるのはグレンだけ」だと伝えます。
「……あっそ。別にいいよ」
「本当ですか! すみませんね、急な話で──」
「こんなしょぼいギルドも辞めるわ。じゃあな」
ロビーの丸椅子を蹴り飛ばし、グレンはギルドを去りました。
言う相手を間違えていないか。グレンにしてみれば、追い出されるべきはどう考えても、すぐに倒れるタンクや、回復の間に合わないヒーラー、たいして魔物を倒せないくせに偉そうな、リーダーの剣士のはずでした。
自分の口でも言えない臆病者ども。グレンは心の中で悪態をつきながら、魔力を与える魔術師がいると噂の『南西通り水晶店』に向かいました。
店の前では一人の少女が、手に持った何かに話しかけています。
土色のヒキガエルは、かれこれ一時間近く少女の手でもてあそばれ、ぐったりとしていました。来客に気づいた少女は、カエルをお手製の草のベッドに寝かせます。
「汚ねっ。触るな」
グレンは、近寄ってきた少女を足ではらいました。
少女は大道芸人のように体をのけぞらせ、その足を易々と避けると、腰をかがめ、地面に片手をつき、真顔で人差し指を”ちょいちょい”と曲げます。
「……何だ、このガキ」
グレンは店の扉を押しながら、自分もすっかり丸くなったものだと思いました。ひと昔前の自分なら、相手が小さな子どもだろうと、舐めた真似には容赦しなかったでしょう。
「お前が魔術師のイリオ?」
紺のローブをまとった男に声を掛けます。
「さっさと魔力分けてくんね?」
魔術師のイリオは、水晶を磨いていた布を置き、「こちらへどうぞ」と奥の部屋を案内しました。
「それで、なぜ魔力が必要なんですか?」
「はぁ? お前に関係ねえだろ? 服を買うのに、どこに着てくかいちいち言わなきゃならないのかよ?」
イリオは「ただの世間話ですよ」と微笑み、金貨を受け取ります。
音もなく、喉元にナイフが突き付けられました。「インチキじゃねえだろうな」と、グレンは低くすごみます。
自身の魔力を他人に移す魔法。この頃はまだ一般的ではなく、空を飛ぶ魔法や時間を操る魔法と並ぶ「秘術」のような扱いでしたから、彼の反応も無理はありません。最初は誰しも半信半疑です。
「……」
「うおっ!?」
グレンは、先ほどまで影も姿もなかった少女が隣に立っているのに驚いて、ナイフを引っ込めました。ドアはぴたりと閉まっていたのに、一体いつどこから入ったのか、まったく見当がつきません。
「スウィルト、外で遊んでなさい」
少女は机にヒキガエルの死骸を叩きつけ、左右の目を滅茶苦茶に動かしながら、トコトコと部屋を去りました。
イリオは「失礼しました」と言い、カエルを魔法で窓の外に放り投げます。
「《四元の命脈》」
魔力の譲渡が済むと、グレンが何かを聞く前に「では」と立ち上がりました。魔力を受けた後、身体が慣れるまで時間を置いたほうがよいのですが、何も教えてはやりません。イリオだって、この傲慢な客が、自分に似合わない服を選んで失敗しようが、知ったことではありませんから。
数日後、とあるギルドの剣士パーティが、謎の男に襲撃されたという事件が、新聞の一面を飾りました。
駆けつけた憲兵が直視できないほど、残忍な殺され方だったようです。物騒な世の中になったものだと、イリオは紅茶を片手に記事を眺めました。
「この記事の犯人、うちで金を借りた奴だ」
昼間というのに珍しく、レーベリヤが店を訪れました。
グレンは「生活費が足りない」と、レーベリヤに幾ばくかのお金を借りていました。水晶店ではあれほど強気な態度でしたが、恐ろしい金貸しの前ではそうもいかなかったようで、自分がどこのギルドにいたか、なぜ魔力を買ったのか、洗いざらい語っていたのでした。
事件になれば、レーベリヤも動かざるをえません。
こんな彼でも一応は、この街での立場を気にしています。客がまともな人間でないのは分かっていますが、犯罪者との関わりが知られれば、レーベリヤを目の敵にする存在──教会や王国軍などに、弾圧の口実を与えることになってしまいます。
「明日で三日目だ。返しに来たら殺すし、来なくても殺す」
「そうだね。いやぁ、面倒臭いことになったな……」
イリオは新聞をたたみ、天井を仰ぎました。
さて、グレンの暴挙はとどまるところを知りません。
元パーティメンバーへの復讐だけでは飽き足らず、手当たり次第に冒険者を襲いはじめた彼は、すでに一品級の極悪人です。自身の力を誇示したいだけですから、殺した者から何も奪わず立ち去ります。もちろん金を返しになど来ません。これ自体、レーベリヤにとって予想できた結果ではありましたが。
今日も紙面は「切り裂きグレン」の記事ばかり。
新聞を置いたイリオは、「久々の失敗だ……」と呟きました。
グレンに与えた魔力は、大した量ではありません。一般市民が用意できる金などたかが知れています。つまり、魔力を買って爆発的に成長したというより、グレンにはもともと「素質」があったのです。
魔力を与えていようとなかろうと、いずれはこうなっていたでしょう。それでも今回の原因は、見る者によってはこの魔術師イリオにあり、問題を引き起こした側だと責められれば、いよいよ面倒なことになるのです。
「スウィルト! 土を食うな!」
「……オェッ」
人の悩みなどつゆ知らず、店番の女の子は今日も店主の手を焼かせます。
「しかも水やりすぎだよ、店の前びしょびしょじゃん」
「……」
「ん? どうした?」
イリオの背後へ、一人の男が忍び寄ります。
間に割り込んだスウィルトは、手にしていたスコップを勢いよく男の胸に突き立て、一気に魔力を流し込みました。砲撃のような音とともに、スコップは男の胸を貫いて、そのまま青い空の彼方へと飛んでいきました。
再び魔力を得るため、水晶店を訪れたグレン。
すべて力で解決することを覚えた彼は、払う気のない金など持ってはいません。ひ弱そうな店主くらい、自分が少し脅せば、ただで魔力を分けてくれると思っていました。唯一の誤算は、この店に、冒険者狩りなど比べものにならない修羅場をくぐってきた用心棒がいたことでしょうか。
両手の双剣が、ガシャン、と音を立てて地面に落ち、そのあとを追うように、持ち主の身体も崩れ落ちました。
追放者グレンの人生は、まるで引っこ抜かれた雑草のように、あっけない終わりを迎えたのでした。
***
『南西通り水晶店』には、憲兵や野次馬、被害者ギルドの冒険者たちが押しかけ、ようやくすべてが片付いた頃には、丸い月が夜空のてっぺんに上っていました。
「イリオ。おやすみなさい」
久々にまともな言葉を発したスウィルトに、レーベリヤは驚きました。
「魔力を使ったからかもね。多分、この子は普段から魔力があり余っているから、おかしくなるんだ」
「じゃあ、たまに発散させてやれば?」
「この店がなくなっちゃうよ」
イリオは木の実をつまみながら、夕方の新聞を広げます。
切り裂きグレン、その生い立ちは事細かに記事にされ、横暴な彼はギルドでも疎まれていたこと、野良犬や野良猫を捕まえて食べていたこと、実の両親と兄弟を手にかけた異常者として、故郷の村では恐れられていたことなど、嘘か本当かも分からない話ばかりです。
やはり、追放される者にもそれなりの理由があるのだなと、店主はしみじみ思うのでした。




