~魔術師と盗賊の休暇~
『南西通り水晶店』は、本日より半月ほどお休みです。
カーテンも雨戸もきっちり閉ざされ、店内はひっそりと静まり返っていました。
「それじゃあ、行ってきます。今回もよろしく頼みます、アーサ」
「はい。お二人ともお気をつけて」
彼女は、イリオが水晶の仕入れで世話になっている、アビントン商店のアーサ。
イリオもレーベリヤもいない間、彼女がスウィルトの面倒を見てくれます。
「……行くか」
「……行こうか」
荷物を背負った二人は、そろって憂鬱な表情を浮かべました。
休暇といっても、綺麗な海で泳いだり、山に登って絶景を楽しむような、優雅な旅ではないのです。
日々、あの手この手で人々から金を巻き上げているイリオとレーベリヤ。
そんな彼らにも「金を返さなければならない相手」がいました。
その人物は、とっても遠い場所に住んでいるため、こうして長い休みを取って、わざわざ会いに行かなければなりません。
今回は、そんな二人の「少し気が重い休暇」のお話です。
さっそく二時間列車に揺られれば、隣の大都市アンサラーに到着です。
発車のベルが鳴り響く駅で、二人は人波をかき分けます。
「ヴォルク、次の列車は五時間後らしい」
「嘘だろ?」
「あ、見間違えてた。あと二十分だ」
「危ねー」
ヴォルクとは、レーベリヤの本名。
町では素性を隠して暮らす彼ですが、旅先でまで”高利貸し”呼ばわりするのは可哀想です。
アンサラーの次は、港町シェブロンへ。都市の駅は肩がぶつかり合うほどの人混みでしたが、ここまで来れば、ようやく座席にも座れました。
車内の売り子の前で、見たこともない財布を取り出したレーベリヤに、イリオは小声で問い詰めます。
「それ、スったんじゃないだろうな?」
「はは」
「信じられん。ここから放り出すぞ」
レーベリヤは「こっちのセリフだわ」と言い返します。
「財布、買い替えたんだよ」
「へぇ?」
「いや、この前見せただろ。いい柄だねって言ってたぞお前」
「……全然覚えてないな」
実際のところ、レーベリヤの言い分が正しいのですが、彼も彼で数え切れないほどの前科がありますから、今回ばかりはおあいこです。
「ここはやっぱり良い街だ」
「去年と変わらないね」
港町シェブロンにたどり着く頃には、太陽が足元に長い影を落としていました。
今日はここらで一休み、といきたいところですが、二人は次の目的地、タルニ村までの夜行列車を探します。
「あれ、財布が……あれ」
ローブをまさぐりながら、イリオは冷や汗を浮かべます。
「じゃーん」
レーベリヤは、待っていましたとばかりにイリオの財布を取り出しました。
「お前がスられてたから、スり返したんだ」
「いつ!? 気づかなかったな……」
「っていうのは嘘で、普通にお前から直接盗った」
「意味わかんないんだよ。盗る意味も嘘つく意味も」
さて、真の目的地まではまだ四分の一といったところ。
手早く夕飯を済ませ、牢屋のような寝台列車に乗り込みます。
ベッドと言えば聞こえのいい”棚”へと横になり、この旅も慣れたものですから、二人は荷物や上着で簡素な寝具を作り、すぐに眠りにつきました。
陽が登ると同時に、列車はタルニ村に到着しました。
眼下に広がる広大な麦畑が、吹き抜ける風に合わせて海のようにうねります。
二人は風車の元にある、大きな農家を訪ねました。
「お久しぶりです。ロイドさん」
彼はこの村に住む、干し草売りのおじいさん。
この人にお金を返す……わけではありません。
ロイドは毎日、隣の村まで干し草を運んでおり、二人は毎年その馬車に乗せてもらっていました。
「あんたらが来ると、一年たったと思わされるな」
「今年もよろしくお願いします」
ロイドの馬車は、干し草にもたれる二人の旅人を、次の村まで運びました。
アネリア庄。
ここが最後の村ですが、まだ本当の目的地ではありません。
「今年も来たのね」
村にたったひとつの診療所に、ハンナという医者がいます。小さな村では宿屋もありませんので、イリオとレーベリヤはいつも、彼女の家で世話になっていました。
アネリア庄でも、二人はちょっとした有名人。
毎年この時期になれば、「眠りの谷」を目指す二人の男が訪れることは、村の誰もが知っています。
「ここもずいぶん人が増えましたね」
「別の村の人たちが、半年前に移り住んできたの」
「なるほど」
イリオはワインに口をつけ、レーベリヤは暖炉の前で煙草をふかします。
いつも「お礼」と言って多めの金を置いていく二人を、ハンナはにこやかにもてなしました。彼女にとって、彼らの目的が何かは大した問題ではありません。年に一度の臨時収入に気を良くし、料理もいつも以上に腕を振るうのでした。
翌日。
ここから先は、列車も馬もありません。
二人が目指す「眠りの谷」。
この谷には「ジエンバ」という名の魔女が住んでおり、彼らはこの魔女に金を返しに行くのです。
「大丈夫か」
レーベリヤは、だんだんと歩みの遅れるイリオを気遣います。
「ちょっと休憩……」
霧の立ちこめる森で、イリオは大木の根元へ腰を下ろしました。
その昔、落石に巻き込まれて両足を痛めた彼は、長い距離を歩き続けることができません。普段はなんともない足も、疲れてくれば、一歩踏み出すごとに、荊が絡みついたように痛むのでした。
霧はいっそう深くなり、あたりは白くぼやけます。
「お前に合わせてたら日が暮れるわ」
森を抜け湿原に入ったところで、レーベリヤはイリオを背負いました。
今までイリオが、最後まで一人で歩き切れたことなどないのですから、レーベリヤにとってはこれも想定のうち。
地面は踏みしめるたびに音を立て、冷たい泥水が靴に染みこみます。
眠りの谷まで、あと少し。
白い霧の中におぼろげに、切り立った断崖に挟まれた幽谷が見えてきました。
ここまで来れば人はもちろん、鳥の声や獣の気配もありません。生き物そのものが寄りつかない、世界から切り離されたような場所です。
「……眠くなってきたね」
「だな。相変わらず気味の悪ぃ力だ」
谷の魔女ジエンバの力で、ここに近づく者たちは、強烈な睡魔に襲われます。
「イリオ、下ろすぞ」
レーベリヤは背中の友人に声を掛けますが、返ってきたのは「すう、すう……」という静かな寝息でした。
そっと地面に下ろし、自身も息を整えます。よく働いて、たくさん食べて、柔らかなベッドに潜った時のような、心地よい眠気に誘われるがまま、レーベリヤもそっと目を閉じました。
しばらくすると、魔女の使い魔が現れて、二人の頭上を飛び回りました。
彼らが「招かれた客」かどうか、ニオイを嗅いで確かめます。
一匹は足を掴み、もう一匹は腕を掴み、使い魔たちは力を合わせて、えっさほいさと二人を運んだのでした。
*
パチパチと、暖炉の薪がはじける音が聞こえます。
目覚めたイリオとレーベリヤは、ランタンの明かりに目を細めました。
ここは谷の魔女ジエンバの家。
窓の外には濃い霧がただよい、数歩先も見えない白の世界です。
「よく来たねぇ」
ジエンバは、深い皺をもっと深くして、目の前の二人に笑いかけました。
イリオは荷袋から金貨を取り出し、机に並べました。
ジエンバは長い爪で、一枚一枚ゆっくりと数えます。
「ええ。確かに」
緊張した面持ちの二人は、その一言にほっと力を抜きました。
もちろん、言われた通りの金を用意してはいますが、ここまで苦労して来たところで、「足りない」などという言葉は聞きたくないものです。
「それじゃあ」
ジエンバは、レーベリヤの首に爪を立て、呪文を唱えました。
彼には、首をぐるりと一周するように描かれた「黒い模様」があります。世間ではタトゥーと呼ばれるものですが、レーベリヤのそれはオシャレ目的でもなんでもなく、ジエンバによって刻まれた「契約の証」です。
この模様は、金を返すたびに少しずつ消してもらえます。
「また来年も、よろしくねぇ」
ニイッと開いた口から見える歯は、狼のように鋭くとがり、赤黒く汚れていました。
その昔。
魔術師イリオが「冒険者」だった頃。
仲間と洞窟を探索中に、落石に巻き込まれてしまったイリオは、歩くことはおろか、立ち上がることもできなくなりました。
長い長い探索で、彼の魔力はすっかり枯渇しており、もう仲間に分け与えるほど残ってはいませんでした。仲間は、彼を「置き去り」にすることを決めました。
そこで、レーベリヤ──この頃はまだ「高利貸し」ではなく、ヴォルクという名のただの盗賊でしたが、彼は洞窟で死にかけているイリオを見つけ、助け出し、何だかんだありながらも、足を治すためにジエンバのもとへ連れて行きました。
そう。お察しの通り、イリオ自身も「追放された冒険者」でしたが、詳しいお話はまたの機会に。
イリオの足を治したジエンバは、二人に対価を求めました。
本来なら切り落とすしかなかった足を、普通の生活が送れるまで治癒したのです。
まさに「奇跡」の力。
奇跡が簡単に手に入っては、人間たちは堕落してしまいます。
魔女のジエンバは、金など必要としていません。
彼女の目的は、二人がとにかく「苦労」をすること。
金は、苦労の証拠です。
イリオとレーベリヤは、自分たちがどれだけ苦労したかの証明を、彼女に返済しているのでした。
もし、二人がお金を返さなければ──。
病気で動けなかったとか、途中で魔物に襲われたとか、そんな言い訳はこの魔女には通用しません。
レーベリヤの首に刻まれた模様は、鋭い刃へと変わり、彼の首をあっさり跳ね飛ばすことでしょう。
レーベリヤは、自分が冷酷だと思ったことはありません。
あの魔女と違い、自分は相手に弁解の余地を与えているのですから。
「……うう」
二人が目を覚ましたのは、アネリア庄のはずれの林。
ジエンバの家で眠らされたあと、帰りは使い魔がここまで運んでくれます。
苦労といっても、最後は少しだけサービスをする魔女。
イリオとレーベリヤは顔を見合わせ、今年も無事に終わったと、ひとまず安堵のため息をつきました。
「帰りはクリダウォン市に寄ろうと思ったけど、疲れたな……」
「俺は寄ってもいいけど」
「本当? 珍しい水晶の店があるって聞いたんだよね」
二人は行きよりも穏やかな足取りで、来た道を戻ります。
「買った水晶は自分で持てよ」
「んなこと言うなよ~。結構重いんだぞ」
「水晶より重い奴が何言ってんだ……?」
「手分けして持とう。仲良くね」
小さな村に、小麦の海に、潮風の町に別れを告げて、やがて見慣れた石畳の街並みが見えてきました。
これにて旅はおしまいです。
スウィルトが店をめちゃくちゃにしていませんように、と祈りながら扉に手をかけたイリオは、さっそく店内から、
「スウィルトちゃん待って~!?」
というアーサの悲鳴が聞こえ、そっと苦笑したのでした。
『南西通り水晶店』。
明日から営業再開……はできるのでしょうか。
まずは扉を開けて、確かめてみるしかなさそうです。
~魔術師と盗賊の休暇~ fin




