第2節:記憶の断片
僕は放課後の図書室、その隅にある「校内資料コーナー」にいた。
ここには過去五年分の文化祭パンフレットや生徒会誌が、年度ごとに背表紙を揃えて保管されている。僕の手元には、一年前の『秋桜祭』のパンフレットが開かれていた。
「……あった。演劇部公演『鏡の向こう』。脚本・演出、九条 蓮。主演、佐伯 香織」
パンフレットの写真は、一年前の熱気を閉じ込めたまま色褪せていた。主演の佐伯香織という女子生徒は、鏡を覗き込むような物憂げな表情で写っている。しかし、その舞台が日の目を見ることはなかった。
「律くん、演劇部の部室から去年の日誌、借りてきたよ!」
紬が埃っぽいファイルを持って走ってきた。静粛にすべき図書室で、彼女の足音はいつもより三デシベルほど高い。
僕は受け取った日誌を素早くスキャンする。十月二十五日のページ。そこには、乱れた文字で「照明落下。公演中止。機材搬出、全員撤収」とだけ記され、その後のページは数週間にわたって白紙が続いていた。
「事故の原因は『クランプの経年劣化による破損』。……だが、不自然だ」
「何が?」
「この日誌の最後、白紙が続く直前のページだ。隅の方に、針の先で突いたような小さな穴が、等間隔で三つ開いている」
僕はピンセットの先でその穴をなぞる。それは、誰かがペンを動かさずに、強い感情を押し殺して紙を刺したような跡だった。
「さらに、このチケットの印字だ。活版印刷は手間がかかる。今どき、文化祭のチケットをわざわざ活版で刷るのは、かなりの『拘り』を持つ者に限られる」
「拘り……。あ、そういえば! 去年の部長だった九条先輩、実家が印刷所だって噂があったかも」
九条蓮。脚本・演出を担当し、実家が印刷所。
一年前、自分の最高傑作になるはずだった舞台を、理不尽な事故で奪われた男。
「伏線は揃った。演劇という表現を奪われた脚本家が、一年後の今日、特定の相手に招待状を送った。……瀬戸口、去年の演劇部名簿から、九条先輩の現在のクラスを特定してくれ」
僕はパンフレットの「鏡の向こう」のあらすじを読み返した。
『鏡に映る自分は、果たして本物か。それとも、自分を監視する何者かか』。
チケットの裏にあったスタンプの「未完の終幕」という言葉が、僕の脳内で九条という名前に結びつく。
しかし、その時、僕の視界の端で何かが閃いた。
資料コーナーの窓ガラスに映る、自分の顔。
その背景、図書室の入り口近くに、一瞬だけ「赤いリボン」をつけた人影が見えた気がした。
だが、振り返るとそこには誰もいなかった。
「……計算外の視線か」
僕は一抹の違和感を覚えながらも、九条蓮という「解答」を確信し、図書室を後にした。




