第7節:新しい秩序
「……深町。君の行為は論理的に間違っている。消しゴムを削っても、学校のシステムは変わらない」
僕は努めて淡々と、しかし可能な限り喉の奥で言葉を柔らかく整えてから告げた。
「でも、君がその『歪な丸』を完成させたいという情熱まで否定する権利は、僕にはない。……それに、僕の消しゴムはもう、角がない状態がデフォルトになってしまった」
僕はポケットから、右上を失った自分の消しゴムを取り出した。
そして、彼女が作り上げた「+1」の塊へと、その白く滑らかな断面を差し出した。
「これを、君の作品の『最後の欠片』にするといい」
「えっ、律くん!? 大事にしなきゃいけないものじゃ……」
紬が隣で驚愕の声を上げたが、僕は構わずに続けた。
「欠損は戻らない。ならば、この欠損に新しい意味を与える方が、僕の精神衛生上も合理的だ。僕の消しゴムは、このクラスで最も正しかった。それが加われば、君の塊はより完璧な『丸』に近づくはずだ」
深町さんは、差し出された消しゴムの破片を、震える指先で受け取った。
それを球体の最後の隙間へと接着した瞬間、彼女の肩から、何かが抜け落ちたような気がした。
彼女は涙を溜めながらも、僕の皮肉めいた言い回しに、小さく吹き出した。
「……ありがとうございます、先輩。なんだか、少しだけ……本当に、少しだけ呼吸が楽になった気がします」
「勘違いするな。これで終わりにするという条件付きだ。明日、僕は君と一緒に図書室と化学室へ行く。一緒に謝りに行こう」
「はい……」
「謝罪文の添削は僕がやる。一ミリの不備もない、完璧なものをね。反省の色が論理的に伝わる文章だ」
深町さんは深々と頭を下げた。その背中は、さきほどまでの「幽霊」のような儚さは消え、等身大の一年生の女の子に戻っていた。
翌日。
僕のペンケースの一番左には、角の一つ欠けた消しゴムが収まっている。
それは僕の世界における唯一の不備であり、そして初めて僕が受け入れた「他人のノイズ」の証だった。
「律くん、かっこよかったよ! 正解だけがすべてじゃないもんね」
昼休み、紬が僕の席の横で、昨日よりさらに無秩序な笑顔を向けてきた。
「……黙れ、瀬戸口。単に、これ以上校内の備品が壊されるのを防ぐための、最も低コストな防衛措置を講じただけだ」
僕はそう嘯き、彼女のズレたリボンから目を逸らした。
校門を出る時、僕は無意識に、いつもは避けている歩道の「ひび割れ」を踏んで歩いた。
一ミリのズレ。
それは、僕と彼女と、そしてこの歪な世界が交差する、本当の始まりの合図だった。




