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1mmのズレと、君の住所  作者: ネギ玉(仮)
第1章:消しゴムの角と、放課後の闖入者

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第6節:論理のブラインドスポット

静まり返った化学室で、僕は深町の言葉を反芻していた。

 この学校のすべてが、自分を刺してくる――。


 僕にとっての「秩序」や「正解」が、彼女にとっては逃げ場のない「暴力」として機能しているという事実。

 これは僕の知的な傲慢さを、根底から揺さぶるものだった。


本来の僕なら、ここで冷徹な「正論」を突きつけるはずだ。


 『君の主観は統計的な事実ではない。 備品を損壊しても、君の苦しみが物理的に解消される保証はない』。


 そう言って、彼女の非合理性を完膚なきまでに論破し、この場を切り上げることが、僕の定義する正しい「解決」だった。


だが、僕の指先は、ポケットの中にある「角を失った消しゴム」の断面に触れていた。

 この数時間、この欠損が僕に与えたのは不快感だけではなかった。

 それは、僕がこれまで無視し続けてきた「世界の揺らぎ」を、直接肌で感じさせるインターフェースでもあった。


「……深町。君の行為は、論理的に言えば全くの無意味だ」


 僕は努めて淡々と、言葉を選びながら口を開いた。


「消しゴムを削っても、本の角を切り落としても、この学校のシステムは一ミリも変わらない。明日になれば、また新しい『角』が別の形で君の前に現れるだけだ」


深町は力なく頷き、再びカッターナイフを握る手に力を込めた。

 その時、隣にいた紬が、僕の制服の袖をぐいと引っ張った。


「律くん。今の言い方は、ちょっと……」


「最後まで聞け、瀬戸口」


僕は紬を制し、深町の目を真っ直ぐに見つめた。


「だが。……君がこの歪な球体を作り上げることで、一瞬でも『息がしやすくなる』と感じたのだとしたら、それは僕の論理では否定できない事実だ。僕に理解できないからといって、それが存在しないことにはならない」


僕は自分のペンケースを開け、整理整頓された中身を彼女に見せた。


「僕は、角が揃っていることに救われている。君は、角がないことに救われようとしている。……両立しない二つの正解が、この狭い教室に同時に存在してしまっているんだ」


それは僕にとって、敗北に近い宣言だった。

 世界には、僕の計算式が及ばない「暗点(ブラインドスポット)」がある。

 彼女の涙や、震える指先は、僕の数式には代入できない。


「……先輩。私は、どうすればいいんですか」


深町の問いに、僕はすぐに答えることができなかった。

 もしここで彼女を突き放せば、彼女はまた別の場所で、もっと深い傷を自分や世界に刻むだろう。

 僕は一度目を閉じ、僕の中にある「完璧な一日」の設計図を、頭の中で丁寧に、しかし確実に破り捨てた。

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