第3節:昼休みの違和感
昼休みの教室は、僕にとって戦場に近い。
あちこちで机が引きずられ、僕が維持してきた平行線は無残に破壊されていく。
購買のパンの匂いと、制汗剤の人工的な香りが混ざり合い、空気の組成すらも濁っているように感じられた。
僕は、窓際で友人たちと談笑していた紬の背後に立った。
彼女は僕の気配を察したのか、あるいは僕が発する「負の秩序」を感じ取ったのか、くるりと振り返って満面の笑みを浮かべた。
「あ、律くん! やっぱり来た。消しゴムのこと、まだ考えてたでしょ」
「……瀬戸口、少し時間をくれないか。場所を変えたい」
彼女の友人たちが「えー、密談?」などと囃し立てるノイズを、僕は意識のフィルターで遮断する。
紬は「ごめんね、ちょっと理数系の会議があるから!」と適当な嘘を吐いて、僕の後に続いた。
向かったのは、旧校舎へ続く連絡通路だ。
ここは人通りが少なく、建物の構造も直線的で、僕の精神を安定させる。
「それで? 容疑者は見つかった?」
「いや。だが、消しゴムの角を削るという行為には、明確な目的があるはずだ。瀬戸口、君は朝、『学校中がザワザワしてる』と言ったな。その情報のソースを正確に述べてくれ」
紬は通路の手すりに寄りかかり、わざとらしく僕の視線を外しながら、ポニーテールの毛先を指でくるくると回した。
「実はね、律くんの消しゴムだけじゃないんだよ。今朝、図書委員の先輩が困ってたの。『返却された本の一冊に、変な被害があった』って」
「変な被害?」
「うん。『幾何学の基礎』っていう本なんだけど、表紙の角がね、ほんの少しだけ削り取られてたんだって。律くんの消しゴムみたいに、鋭い刃物でさ」
図形の一致。
僕はポケットの中の消しゴムの断面をなぞる。
「……図形の一致は偶然ではないな。削られたのは『角』か」
「そう。先輩、泣きそうだったよ。あ、あとこれも見て。さっき掲示板に貼られたばっかりのやつ」
彼女が指差したのは、連絡通路の掲示板に貼られた美術部の「今月のデッサン」のポスターだった。
そこには、何の変哲もない教室の風景が描かれていたが、僕の視神経は即座に異変を察知した。
「……この絵、どう思う?」
「え? 上手だね。でも、なんだか机も椅子も……全部丸っこい?」
そうだ。
本来なら鋭いはずの『角』が、この絵の中ではすべて、飴細工が溶けたように丸く、曖昧に描かれている。
僕は掲示板の隅に記された作者の名前を確認した。
『美術部一年 深町 梓』
律儀に並べられた直線の中に、異質な曲線が紛れ込んでいる。
学校中の「角」が物理的に消え、掲示板には「角」を拒絶するような絵が並ぶ。
僕の中で、いくつかの変数が結びつこうとしていた。




