第10節:冬のノイズ
放課後、校門を出る頃には、雨は雪をあらかた洗い流していた。
アスファルトの隙間にわずかに残った氷の欠片が、街灯に反射して鈍く光っている。
「ふう、お疲れ様! 結局、今日は数学の予習どころじゃなかったね」
紬が白い息を吐きながら、隣で跳ねるように歩く。
「……当初のスケジュールからは45分のアウト。さらに、中庭での作業によりレインブーツのメンテナンスコストが発生した。論理的に言えば、今日の僕は『赤字』だ」
「でもさ、律くんのペンケース。中身、ちょっと賑やかになったんじゃない?」
僕は歩きながら、カバンの中のペンケースに触れた。
一ミリの狂いもない定規。
第1章で拾った、あの欠けた消しゴム。
第2章で手に入れた、鏡文字のチケット。
そして今日、深町さんから預かった、雪だるまの頭に使われていた「赤い絵具」がついた小さなテグスの切れ端。
「……無駄なものの集積だ。本来の僕なら、即座に廃棄している」
「嘘ばっかり。律くん、それを見てる時、なんだかちょっとだけ『正解を見つけた子供』みたいな顔してるよ」
「……視覚情報の誤認だ。気温の低下による眼輪筋の収縮に過ぎない」
僕はわざと視線をそらし、遠くの街並みを眺めた。
冬の夜は長く、冷たい。だが、僕の脳内を占めるのは、以前のような殺風景な数式だけではなかった。
成瀬のギプス、岸田先輩の鏡、深町さんの筆。
人々が「正論」の影に隠した、割り切れない思い。
それらは僕の計算を狂わせる「ノイズ」ではあるが、そのノイズがあるからこそ、僕の論理は現実という世界にようやく接地できているような気がした。
「ねえ、律くん。明日は予習、付き合ってくれる?」
「……15分だけなら検討しよう。ただし、メロンパンの焼き加減についての講義は禁止だ」
「あはは、約束!」
紬の笑い声が、冷たく澄んだ空気の中に溶けていく。
一年前の雨の記憶。
今朝の雪の足跡。
それらはすべて、明日になれば過去のデータとなる。
だが、僕の手元に残った「欠けたものたち」は、春が来ても消えることはないだろう。
僕はマフラーを少しだけきつく巻き直し、隣を歩く「最大級のノイズ」の歩幅に合わせて、ゆっくりと駅への階段を降りていった。




