第6節:裏返しの論理
僕はベンチから立ち上がり、再び中庭の雪面を凝視した。
今度は「どうやって脱出したか」ではなく、「どうやってそこへ辿り着いたか」というプロセス自体を疑いながら。
「瀬戸口。君の言った『足跡を盗む』という言葉を物理的に翻訳すると、こうなる。……『既にそこにあった足跡を、別の何かで上書きして消去した』」
「上書き? でも律くん、雪だるまの周りには新しい足跡なんて一つもないよ?」
「逆だ。……犯人は、中庭に雪が降り積もる『前』に、既に目的の場所にいたんだよ」
僕は再び中庭へ降り、雪だるまの足元へ近づいた。
そして、あのエッジの鋭い足跡を、今度はピンセットではなく、指先で慎重に押し広げてみる。
「……やはりそうだ。この足跡の底、土の温度が周囲よりわずかに高い。そして、雪の層が不自然に薄い場所がある」
僕は立ち上がり、中庭の端にある「掲示板」から「雪だるま」までの直線を指差した。
「犯人は昨夜、まだ雪が降り始める前に、掃除用具入れから持ち出したバケツを逆さまにして、この直線上に等間隔で置いたんだ。……バケツの中には、熱いお湯か、あるいは不凍液のようなものを入れていたのかもしれない」
「バケツを……置いておいたの?」
「そうだ。そして夜が明け、雪が数センチ積もった後、犯人は校舎のテラスか窓から、長い紐か何かを使って、そのバケツを一つずつ『釣り上げた』。……バケツがあった場所だけは雪が積もらず、あるいは熱で溶け、底にある土が露出する。雪が止んだ直後にそれを行えば、周囲の雪には一切触れずに、あたかも『そこへ向かって歩いたような足跡』だけを、無から生成できる」
紬が目を見開く。
「じゃあ、あの足跡は歩いた跡じゃなくて、バケツをどかした跡……ってこと?」
「その通り。だから帰り道はない。犯人は最初から中庭に足を踏み入れてすらいないんだからな。……エッジが鋭かったのは、バケツの縁で雪がせき止められていたからだ。そして、雪だるま。あれはバケツを回収する際、最後に残った雪を寄せ集めて作った『副産物』に過ぎない。……だが、一つだけ説明がつかない。あの雪だるまの頭にある、赤い塗料だ」
僕は雪だるまの頭部をもう一度見つめた。
犯人が「足跡」という偽装工作をしてまで、中庭に何かを残したかったのだとしたら。
「……佐伯さんの言っていた『探し物』。もし、その探し物が『掲示板』に貼られるはずだったものだとしたら?」
僕は掲示板の裏側、雪が積もっていない乾燥した地面へ向かった。
そこには、誰かが指で土を掘り返したような跡と、小さな、本当に小さな「筆の毛」が一筋だけ落ちていた。
「推理の座標を修正する。……犯人は陸上部員ではない。中庭の掲示板を、自分たちの『聖域』だと考えている人物。……美術部だ」




