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1mmのズレと、君の住所  作者: ネギ玉(仮)
第3章:不可視の境界線と、雪の上の足跡

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第4節:物理の限界

グラウンドの隅、霜柱を踏みしめる陸上部の部員のなかに、ターゲットの成瀬を見つけるのは容易だった。彼は一年生ながら、周囲とは一線を画すしなやかな体躯で、黙々とストレッチをこなしていた。


「成瀬くん、だよね? ちょっといいかな」


 紬が控えめに声をかけると、成瀬は不思議そうに顔を上げた。


「……何? 僕に何か用?」


僕は歩み寄り、手帳を開いて彼に突きつけた。


「単刀直入に言う。今朝、中庭の雪だるまを作ったのは君だな。掃除用具入れからバケツを盗み、それを足場にして雪面に足跡を残した。そして雪だるまに到達した後、競技用のポールを使って二階テラスへ跳んだ。……違うか?」


成瀬は一瞬、きょとんとした顔をした後、腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 棒高跳びでテラスへ? 君、本気で言ってるの? たしかに僕は選手だけど、ポールは部室の鍵がかかった専用ラックに保管されてる。顧問の先生が来るまで取り出せないよ。それに――」


彼は自分の右足を持ち上げて見せた。そこには痛々しいギプスが巻かれていた。


「昨日の練習で足首を捻っちゃってね。今朝はマネージャーの仕事を手伝いに来ただけだよ。跳ぶどころか、まともに走ることもできない。……残念だったね、探偵さん」


脳内の数式が、ノイズ混じりの砂嵐に変わった。


「……物理的な、不可能?」


「律くん、成瀬くんのアリバイは完璧みたいだよ。今朝は早くから、他の部員たちと一緒にここで道具の準備をしてたって、さっきキャプテンも言ってたし」


僕は呆然と立ち尽くした。

 成瀬の負傷。ポールの厳重な管理。

 僕が構築した「合理的で美しい放物線」は、存在しないポールの幻影に過ぎなかったのだ。


「……失礼した。計算に、致命的な欠陥があったようだ」


僕は逃げるようにグラウンドを後にした。


 背後で、陸上部員たちの「なんだあいつ?」という囁き声が聞こえる。耳の奥が熱い。

 これほどまでに完璧な論理の敗北を、僕はかつて経験したことがあっただろうか。


中庭に戻ると、雪だるまは依然としてそこに居座っていた。

 エッジの鋭い足跡。

 赤いインク。

 消えたバケツ。

 証拠は目の前にあるのに、それらを繋ぐ「線」がどこにも見当たらない。


「律くん、顔色が真っ白だよ。雪より白いよ。……一回、お休みしよう? ほら、中庭のベンチの雪、私が払っておいたから」


紬の言葉さえ、今の僕にはエラーログを告げる警告音のように聞こえた。

 僕は自分のペンケースを握りしめた。そこには、第2章で手に入れた「鏡文字のチケット」と「欠けた消しゴム」が入っている。

 

「……僕は、一体何を見落としているんだ」


冬の冷たい空気が、肺の奥まで凍てつかせる。

 この「不可能図形」を解く鍵は、僕が忌み嫌う「非合理な何か」のなかに隠されているのだろうか。

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