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1mmのズレと、君の住所  作者: ネギ玉(仮)
第3章:不可視の境界線と、雪の上の足跡

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第1節:未完成の雪だるま

その日の朝、学校は不自然なほどの静寂に包まれていた。

 未明から降り積もった雪が、校舎の角を丸く削り取り、騒がしい日常のノイズを白いベールで覆い隠していた。


 午前七時十五分。

 僕はいつものように、一ミリの狂いもない定時登校を果たし、昇降口で上履きに履き替えた。


「……計算外の積雪だな」


窓の外、中庭を見下ろした僕は、手に持っていた手帳を握りしめた。

 四方を校舎に囲まれた中庭は、誰も足を踏み入れていないはずの処女雪が広がっている――はずだった。


だが、その幾何学的な中心付近に、無骨な「未完成の雪だるま」が鎮座していた。

 下段は直径約五十センチ。

 上段はまだ載せられたばかりのような、歪な球体。

 そこには目も鼻もなく、ただの雪の塊が虚空を見つめている。


「わあ、律くん見て! 誰かが朝早くから雪遊びしたみたいだよ。いいなあ、元気だね」


背後から、冷えた空気と共に紬の声が響く。

 彼女はマフラーを顔半分まで埋め、楽しそうに中庭を指差した。


「瀬戸口、単なる遊びだと断定するには早計だ。よく見てみろ。……あの雪だるまへ向かって伸びている『足跡』を」


紬が目を凝らす。

 昇降口の庇の下から、雪だるまの地点まで、一直線に並んだ靴の跡。

 一歩の歩幅は約六十五センチ。規則正しい歩行だ。だが、問題はその先だった。


「あれ……? 帰りの足跡が、ない」


「そうだ。入り口から雪だるままでは足跡があるが、そこから校舎に戻る足跡も、どこか別の出口へ向かう足跡も、一切存在しない。……まるで、雪だるまを作った人間が、その場で消えてしまったかのように」


僕は窓を開け、冷たい風を頬に受けながら、中庭の雪面を鋭く観察した。

 中庭を囲む四方の校舎に、二階から飛び降りたような痕跡はない。

 屋根から吊り下がったようなワイヤーの跡もない。

 積雪は一律に三センチ。少しでも歩けば、必ずその深さの溝ができるはずだ。


「……不完全だ。入り口があるのに出口がない。この物理的矛盾は、僕の脳内の平穏を著しく害する」


「律くん、また顔が『難問に出会った数学者』になってるよ。単に、雪だるまの中で冬眠しちゃったとか?」


「冗談はやめろ。……行くぞ、瀬戸口。雪が溶けて証拠が曖昧になる前に、あの足跡の深度と圧力を計測し、この『片道だけの訪問者』の質量を特定する」


僕はカバンから金属製の定規とピンセットを取り出した。

 白い静寂の中に残された、一連の足跡。

 それは、僕の論理に対する挑戦状のように、中庭の真ん中で不自然に途切れていた。

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