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1mmのズレと、君の住所  作者: ネギ玉(仮)
第2章:幻のチケットと、一年越しの招待状

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第5節:ノイズの中の真実

屋上のフェンスに寄りかかり、僕は思考の迷宮に閉じ込められていた。

 九条先輩の拒絶。

 一年前の事故。そして、目の前にある「本物すぎる」偽物のチケット。

 全ての要素を何度並べ直しても、等号(=)が成立しない。


「……ねえ律くん。お腹空かない? 脳みそ使いすぎると、糖分足りなくなるよ」


紬がカバンの中から、無造作に袋を破ったメロンパンを取り出した。

 甘ったるい香りが鼻をつく。彼女はそれを半分に割り、僕の鼻先に突き出してきた。


「いらない。僕は今、エラーの修復に忙しいんだ」


「まあまあ。ほら、このメロンパン、購買のおばちゃんが言ってたんだけど、今日の焼き加減は最高なんだって。ほら、格子模様がちょっと斜めになってるでしょ? これが美味しい印なんだってさ」


僕はため息をつき、その「斜めの格子模様」を眺めた。

 不規則で、非合理で、全く根拠のない美味しさの定義。

 だが、その無秩序な模様を眺めているうちに、僕の視界の端で、ある違和感が静かに首をもたげた。


「……瀬戸口。もう一度、君がさっき言った『去年の文化祭の記憶』を話してくれ。どんな些細なことでもいい」


「え? 去年のこと? うーん、そうだなぁ。とにかく雨が凄かったよね。最終日はどしゃ降りで、中庭の模擬店が全部中止になっちゃって。みんなガッカリして校舎の中に避難したんだよ。あ、そうそう! だから演劇部の事故が起きた時も、みんな校舎にいたから、すごい騒ぎになったんだよね」


雨。

どしゃ降りの雨。

 僕はポケットからチケットを取り出し、夕闇に透かして見た。


「……おかしい」


「何が?」


「このチケットは『和紙』だ。和紙は湿気に弱く、水に濡れれば特有の波打ちやインクの滲みが生じる。……だが、このチケットは驚くほど平滑で、保存状態が完璧すぎる。もしこれが一年前の『遺物』なら、あのどしゃ降りの日、誰の(ふところ)にあっても、多かれ少なかれ湿気を吸っているはずだ」


さらに、僕はチケットの裏面、青いスタンプを指でなぞった。


「瀬戸口、君はさっき『チケットの裏のスタンプ、逆さまじゃない?』と言ったな。……確かにこれは逆さまだ。だが、単なる押し間違いではない。このスタンプのインク……よく見てみろ」


夕日の赤に照らされたスタンプの青。

 そこには、ごく微かな、しかし決定的な「ノイズ」が混じっていた。


「これ、青いインクの中に、キラキラした粉が混じってる?」


「ラメ……ではないな。これは『岩絵具』の粒子だ。日本画や、美術部が本格的な彩色に使う特殊な絵具だ。事務用のスタンプ台にこんなものが混じるはずがない」


雨の日に濡れていない和紙。

 美術部の絵具が混じったインク。

 そして、九条先輩が口にした「香織がどんな思いで舞台を降りたか」という言葉。


「瀬戸口。一年前、舞台照明が落下した時、現場にいたのは九条先輩だけじゃないはずだ。……怪我をした人間がいたのか?」


「え? ……うん。主演の佐伯さん、落ちてきた照明の破片を避けようとして転んで……。大怪我じゃなかったけど、足を挫いて、そのまま救急車で運ばれたんだよ。だから、劇は中止になったの」


霧が晴れるように、新しい数式が僕の脳内に書き込まれていく。

 九条先輩が犯人ではない理由。

 そして、なぜ「僕」が選ばれたのか。


「……ターゲットが間違っていた。僕が追うべきなのは、過去を懐かしむ脚本家(演出家)ではない。あの日から一歩も動けずにいる、『観客』だ」


僕は、チケットの裏に押された逆さまのスタンプを、もう一度見つめた。

 それは逆さまなのではない。

 『鏡の向こう』という題名の通り、鏡越しに見た時に正しく読めるように、意図的に反転して押されていたのだ。


「行くぞ、瀬戸口。真実の座標が特定できた」

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