表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1mmのズレと、君の住所  作者: ネギ玉(仮)
第2章:幻のチケットと、一年越しの招待状

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/36

第4節:冷たい拒絶

空き教室の扉が閉まる音が、廊下に長く尾を引いて響いた。

 僕は、足元に落ちたチケットを拾い上げることさえ忘れ、その場に立ち尽くしていた。


「律くん……大丈夫?」

 紬が心配そうに僕の顔を覗き込む。いつもなら「パーソナルスペースを確保しろ」と一喝するところだが、今の僕にはその余力がなかった。


「……エラーだ」

「えっ?」

「僕の構築した数式が、致命的なエラーを起こしている。九条先輩の反応は、演技でも隠蔽でもない。あれは、深い喪失感に基づいた真実の拒絶だ。だとすれば、僕の前提条件そのものが間違っていたことになる」


僕は屈み込み、床に落ちたチケットをピンセットで拾い上げた。

 一ミリの狂いもなく封印されていたはずの招待状。しかし、その中身に込められていたのは、僕が推測したような「前向きな再演」などという生易しいものではなかった。


「九条先輩、あんなに怒るなんて……。去年の事故、私たちが思っているよりずっと、演劇部の人たちをバラバラにしちゃったのかもね」


紬の言葉が、冷たい水のように背筋を伝う。

 僕は自分のペンケースにチケットを押し込み、早足で歩き出した。行き先も決めず、ただ自分の無能さを振り払うように歩幅を刻む。だが、いくら正確なリズムで歩こうとしても、九条の「二度と僕に見せるな」という掠れた声が、メトロノームの針を狂わせる。


「律くん、ちょっと待ってよ! どこ行くの?」

「……屋上だ。外の空気に触れて、脳内のキャッシュをクリアする必要がある」


屋上へ続く階段を上りながら、僕は自問自答を繰り返す。

 犯人が九条でないのなら、誰が、何の目的でこの「一年前のチケット」を僕に届けたのか。

 活版印刷の技術を持ち、一年前の公演の詳細を知り、そして九条さえも知らないところで『未完の終幕』を演じようとしている人物。


屋上のフェンスに寄りかかり、暮れなずむ街を見下ろす。

 文化祭の準備に勤しむ生徒たちの影が、校庭に長く伸びている。

 その中に、自分だけが座標を失った異物のように感じられた。


「計算が合わない……」


 僕は手すりを強く握り締めた。

 九条先輩が犯人でないのなら、あのチケットにあった『 +1 』を彷彿とさせる執拗なまでの『秩序』は何だったのか。 

封蝋の紋章、和紙の質感、精密な活版印刷。


僕は、自分の論理が「正解」に辿り着けなかったことへの苛立ちよりも、九条の瞳に宿っていた「言葉にできない暗闇」を正しく計測できなかった自分に、ひどく落胆していた。


「律くんの顔、すっごく険しいよ。まるで、世界中の定規が全部曲がっちゃったみたいな顔」


 紬が隣で、僕と同じように街を見下ろしながら呟いた。


「……瀬戸口。僕は、何か重大な見落としをしているのかもしれない」


風が吹き抜け、紬のポニーテールが不規則に踊る。

 そのノイズの中に、僕がまだ気づいていない「正解へのピース」が紛れ込んでいることに、この時の僕はまだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ