第五十一話 (バランド視点)
「父上、よろしいでしょうか」
険しい表情をしたハイドが私、バランドの書斎にやってきたのは、シーリャが去ったすぐ後だった。
一息つきたいこっちの気持ちを言うこともできず、私は深々とため息をはく。
「私はシーリャを怒るべきではないと言ったはずです」
誰にも言っていないはずだが、私の態度から全てを理解したらしい。
そんなハイドに、私はため息をはく。
聡い息子というのはやりにくいと。
「シーリャは私達が命を懸ける重みを知らなくていい」
私を真っ直ぐ見て、ハイドはそう告げる。
その様子から私は理解する。
ハイドもまた、シーリャに注意しようとしてやめたことを。
「しかし、それでは次からシーリャは自ら動くことはなくなるぞ」
「それでいいんです」
ハイドは真剣な表情で告げる。
「シーリャは命を懸けさせる重みを知らなくていい。ーー私がいる限り、シーリャが当主になることはないのですから」
暗に、シーリャを当主にはしないと告げるハイド。
しかし、その目には権力に眩んだ様子もなく、ただ真っ直ぐだった。
「……フランシスコ家当主。その苦しみの中であがくのは私だけでいい」
そう告げるハイドに、私はかつての過去を思い出す。
ハイドがシーリャに執着した日の記憶。
その時の血走った目を。
ハイドがシーリャに執着したあの日、その日は初めてハイドが森に足を踏み入れた日だった。
その日、ハイドは当主の重責を知り。
……心が折れた。
「あんな目に遭うのは私だけでいい」
そのハイドの言葉に、私はかすかに拳を握りしめた。
望んで私はこの椅子に座った訳じゃない。
それでも必死にあがいてきたし、これまでの日々に後悔はない。
ただ、時々どうしても思ってしまうのだ。
……もし、私がフランシスコ家の当主でなければ、私の子供達はこんな風に苦しむことはなかったのかと。
「サブリナの処遇に関しては、私も納得しました。確かに、あの目を見た限り、サブリナがシーリャを裏切ることはないでしょう」
「……そうだな、サブリナはシーリャにとってセドリックのような存在になればと思っている」
「父上にはその時も無理を聞いていただきましたね」
真っ直ぐと私を見るハイド。
その目には隠しきれない今までの苦しみがにじんでいた。
「ですが、これ以上シーリャに重責をかぶせるのは私は絶対に反対です。どうか、どうかお願いいたします」
そう頭を下げ、それからあわただしくハイドは出て行った。
それもそうだろう。
今のセドリックにはやらないといけないことが山のようにある。
……その忙しさの隙を見ても、ハイドはシーリャの為に私に忠告にきたのだ。
「私もシーリャに重責など背負わしたくはない」
ハイドのいない一人の書斎の中、私の乾いた笑い声が響く。
「……シーリャに才能さえなければな」
思う。
今回のバロランド伯爵家に対するシーリャの対応は、完璧だったと。
私が表に出て対処しても、こう完璧に対処することはできなかっただろう。
……そして、シーリャが何かあった時の為にハイドを手配していなければ、今頃辺境は揺れていただろう。
こんな浅い場所に竜が出てくるなど、本来あり得ないのだ。
いくら魔道具を使ったとしてもだ。
確かに、シーリャは命を懸ける重さを知らなかった。
命を懸ける重さを知らない者の命令は下の者の反感を買う。
しかし、それ以外の動きは全てが完璧だった。
私は心からシーリャを愛している。
けれど、理解しているのだ。
シーリャの才能は別格で、才能のある者は事件に巻き込まれていくことを。
「……願わくば、子供達に平穏を」
私の心からの願いに答える者はなかった。
次回最終話で、明日更新させて頂きます!
新作も投稿しておりますので、よろしければ是非!




