最終話
「……私は兄様になんてことを」
いったい何度つぶやいたかもわからない言葉が私の口から漏れる。
あの日。
……竜と戦った日から、私の胸にずっとあるのは後悔だった。
なにも知らずに兄様に負担を投げたことに対して、私は自分を責めることしかできなくて。
「シーリャ・フランシスコ様!」
聞き覚えのある声で、聞きなじみのない呼び方をされたのはそのときだった。
振り返ると、そこにいたのは想像通りの人間と、その友人だった。
「サブリナ、バーリナ」
そこに立っていたのは使用人の服に袖を通し、緊張した様子でうつむくサブリナだった。
「私……!」
サブリナは何かを覚悟した様子で顔を上げ、けれどその言葉を止めた。
そのまま、うつむく。
そんなサブリナの姿が私は新鮮で、思わず声をかけることも忘れ見入る。
「サブリナ!」
ただ、そんなサブリナに脇をつつくバーリナをみて、私はふと思う。
……もしかしたら、こっちの姿の方がサブリナの素であるのかもしれないと。
「わ、私」
意を決した様子で顔を上げるサブリナ。
しかし、その言葉はすぐに途絶える。
まるで、頭に浮かんだ言葉が消えてしまったように。
それでも、必死にサブリナは言葉を紡ぐ。
「……私、シーリャ様に感謝しています」
「私のせいで貴族令嬢じゃなくなったのに」
「私は元々、そんな柄じゃなかったんだと思います」
そう笑ったサブリナの笑顔は自然で、私は思う。
サブリナの言葉は本心なのだろうと。
サブリナ、そして少し遅れてバーリナが頭を下げる。
「だから、ありがとうございます。いずれ、絶対に私はこの恩を返します」
「なら、私がその誓いの証人となろう」
「兄様!」
私の後ろ、屋敷から兄様が現れたのはその時だった。
私の言葉に反射的に顔を上げてサブリナ、バーリナも固まるのが見える。
想像もしていない出現に驚く私に、兄様は悪戯っぽく告げる。
「奇遇だね、シーリャ。私も父上と話があった帰りなんだ」
そういいながら、兄様はサブリナとバーリナの方へと向き直る。
「君達の誓いは聞き届けた。そしてもし、それを破ることがあれば」
一瞬、兄様の目に剣呑な光が宿る。
「このハイド・フランシスコが許さない」
その兄様の目に、バーリナが気圧されたように一歩下がる。
だが、サブリナはまっすぐに兄様をみながら告げた。
「ええ。如何様にでも」
そんなサブリナに、兄様が薄く笑う。
その時すでに、先ほどまでの空気はなかった。
「まだ公表はされていないが、教育が終わり次第君はシーリャのそば付きの見習いに任命される」
「……っ!」
「それから一ヶ月の間に成果を出せば、君は正式にシーリャのそば付きになれるはずだ。期待しているよ」
サブリナの目に、浮かぶ光に兄様は告げる。
「ついでにいうと、セドリックも君と同じ立場で今の立場にある」
「……感謝いたします、ハイド様。ご期待には必ず応えて見せます。それでは、失礼します」
そう告げ、背を向けるサブリナとバーリナ。
その背中をみながら、私の胸に浮かぶのは兄様に対する罪悪感だった。
サブリナの件も、竜の件も発端は全て私のわがままなのだから。
「……兄様、ごめんなさい」
「ん?」
私の謝罪の意味が分からない訳がない。
にも関わらず、兄様はとぼけてみせる。
「かわいい妹の腹心を見極めるのは兄の役目なだけだけど」
そう飄々と告げる兄様。
……けれど、竜と戦ったあのときの震えた兄様の手を私は今も覚えている。
それを兄様は私に見せてくれない。
その事実に感謝と悔しさと、わずかばかりの胸を締め付ける感覚を覚えながら、私は兄様の袖を握った。
「……なら、ありがとう」
「その感謝の意味も分からないけど。どういたしまして」
そういって頭をなでる兄様の手の感触を感じながら、私は誓う。
いつか、絶対にいつか。
……私には兄様の苦しみを背負えるような、そんな人間になろうと。
胸を締め付ける感情の名前も、兄様の思いも。
その時の私はなにも知らぬまま。
けれど、生涯その誓いを私が忘れることはなかった。
こちらで最終話になります。
短い間ではありますが、ありがとうございました!




