第五十話
「……はい。お父様」
お父様の言葉に私はうなずく。
今、ここに自分が呼ばれた原因。
それが分からない訳がなかった。
私の頭に浮かぶのは、自分の兄であるハイド。
「兄様に命をかけることを強いたからです」
後で私は調べた。
竜、というあの魔獣。
それを倒すのに必要な戦力を。
……そして分かったのは、あの兄様でさえ竜を倒したのはたったの二体。
それも軍隊に犠牲を出しながらであることを。
思い出す。
あの時、やけにハイテンションだったセドリックと、明らかに短期決戦にしようとしていた兄様を。
あれはそうして一か八かの賭けに出なければ、倒せないような敵だったからなのだと。
セドリックのあのハイテンションは、恐怖を必死に押さえ込む為の物だった。
「私は、何も考えずに兄様を……」
「違う」
私の思考を止めたのは、お父様の淡々とした声だった。
「あの時の戦いは確かにぎりぎりで、お前はその戦いにハイドを引きずり込んだ。ただ、あの戦いは想定外だ。竜との戦いにお前の責任はない」
淡々とした父の声、それはとがめるような響きも、ほめるような響きもなかった。
「あれは異常事態だ。偶然とはいえ、あの時ハイドをあの場所につれてきたことはお前の手柄だシーリャ」
……ただ、父の目にはマグマの様な怒りがあった。
「だから、お前に足りなかったのは決意でも思考力でもない。ーー人に命をかけさせる覚悟だ」
「私、は」
「一つでも想像したことがあるかシーリャ? ハイドが森に入るとき、どんな表情をしているかを」
何も私は答えることができなかった。
当然だ。
私は今の今まで想像もしていなかったのだから。
「シーリャ。今回の件において、お前の判断と決断に間違いはない。ただ、これだけは覚えておけ」
その場の空気が重くなったのを、その時私は理解した。
目の前にいるのは、私の見たことのない父だった。
「人に命を懸けさせる意味を軽視するな」
何も言えずに、私は頭を下げる。
……言い訳のしようも私にはなかった。
あの時、竜を前にして私はようやく理解したのだ。
私の無責任な考えのせいで、人が死ぬことがあると。
その重みを今の今まで、私は想像もしていなかった。
「それともう一つ」
父が重々しく口を開いたのはその時だった。
その目にもう怒りはなかった。
「サブリナ・バロランドについて話は聞いた」
「勝手なことをして」
「ああ。そうだ。次からは絶対に報告をしろ」
その口調は珍しく、柔らかかった。
思わず目を見開いた私に、父はかすかに笑い告げた。
「サブリナの身の上は聞いた。……私は優しい娘を持ったようだな」
それは褒めるというにはあまりに無骨で。
……心からの喜びが混じった言葉だった。
先ほどと別の意味で涙が出そうになって、私はうつむく。
サブリナが何をしたのか、そしてどんな人間か今回の件でお父様は調べたはずだ。
私のそば付きにするのに、非常に悩みもしたはずで。
ただ、今のお父様はそれを抜きにして私の決断を見てくれていた。
「これから、サブリナの行いはお前にある。分かっているな、シーリャ」
「はい」
「ならいい。もうゆっくりと休め」
その言葉に従い、私は部屋を後にした。
更新遅れ気味で申し訳ございません!




