第四十八話
「にい、さま?」
その時、その時になって私はようやく気づいた。
ずっと、強く優しく私を支えてくれた兄様。
その兄様が戦う姿を見るのは初めてであることに。
……兄様が日々、直面している戦いを私は知らない。
違う、そんなつもりはなかった。
私は兄様に負担をかける気などなかった。
ただ、兄様がいればどんな存在がいても大丈夫だと思っていただけで。
本当にそうなのか?
初めて、目の前の竜に私は恐怖を抱く。
ずっとずっと一緒に育ってきたから私には分かる。
兄様の大きな背中が、緊張でこわばっていることを。
「喜べ、竜。シーリャに傷一つでもあれば許す気はなかったが」
けれど、兄様は迷うことなく竜の方へと歩き出した。
「──慈悲で一思いに殺してやる」
絶対零度の冷気が兄様の身体から吹き出す。
瞬間、セドリックに翻弄されていた竜の目が兄様に向く。
「こっちを無視するなよ!」
しかし、そんな竜の目へとセドリックの剣が突き立てられた。
「────!」
「戦いの中、よそ見するなんてマナーがなってねぇなあ!」
血しぶきの中、セドリックが獰猛に笑う。
その光景に、隣にいるサブリナも硬直している。
魔術を使える人間は、魔力によって多少身体を強化される。
セドリックはその上から、身体強化の魔術を重ねがけしており、その身体能力は魔力での強化とは訳が違う。
「はっははははは!」
ただ、こんなにも圧倒的なのか。
人間の背丈ほどもある竜のしっぽを切り落とし、哄笑をあげるセドリックの姿を見ながら、私は唖然と立ち尽くすことしかできない。
ただ、そんなセドリックを相手にしながら竜がずっと目を向けているのは兄様だった。
「愛しの妹の前で、なんて野蛮な戦い方をしてやがる」
……そして、戦いも知らない私から見ても、兄様の魔力を理解することができた。
冷気はもう、こちらまで漂っていた。
一体兄様が何をしているのか、何を竜が感じ取っているのかは分からない。
ただ、勝負はすぐ終わることが私には理解できた。
次の瞬間、雄叫びをあげた竜がセドリックを無視し、兄様の方へと走り出した。
「────!」
「貴様も静かに来い」
雄叫びと共に、竜の尾が兄様に振り下ろされる。
傷だらけの兄様を想像し、私の口元から押し殺した悲鳴が漏れる。
ただ、そのしっぽが兄様の身体を打ちのめすことはなかった。
なめらかな動きで前に出た兄様が、そのまま竜の尾を更に切り裂く。
……冷気が爆発したのは、次の瞬間だった。
そして一体、何秒、いや何十秒たったか。
冷気が収まった後、そこにいたのは兄様に尾を切りとばされ、苦悶の表情を浮かべたままの竜。
その、氷漬けになった姿だった。




