第四話
アラン・アズドリア。
彼はラドリーと違い、優秀で次期当主を望まれていた令息だった。
ラドリーを次期当主にするため、彼と話し合った日はまだ遠い記憶ではない。
そんな彼は今、普段の親しさが嘘のようにかしこまっていた。
「この度の不手際は必ず伯爵家が、そして当人に取らせます。本当に申し訳ありません」
私が名前を呼んでもなお、アランは頭を上げることはない。
それは兄嫁への態度ではなく、臣下の姿勢だった。
「待て、何……がっ!」
声を上げようとしたラドリーを、アランは強引に地面に押しつけ黙らせる。
「改めて、フランシスコ侯爵家当主様、閣下には謝罪に行かせていただきます。故にどうか、どうか一度兄を当家に連れ帰ることを許してもらえないでしょうか」
「……ラドリーをどうするの」
「父、母と話さないことには何も言えませんが、貴族籍を剥奪することになるかと」
アランの手の下、ラドリーが反応するのが分かる。
しかし、それをアランは腕力だけで封じ込め、続ける。
「愚兄の愚行を許されないと言うのであれば、両親に相談させていただいて」
「頭を上げて、アラン」
「はっ!」
私の言葉にアランが頭を上げる。
私の目を真っ向から見返すその目に宿っていたのは、悲しみだった。
「……そんなこと私は望んでいないわ。ラドリーの貴族籍剥奪は決定事項なの?」
「ここまで大衆の目の前で起こしてしまった以上、何らかのけじめは必要です」
「んー! んー!」
必死にアランの手の下で抵抗するラドリー。
その様子を見ながら私は思う。
ラドリーはアランが自分を守る為に、殴ってくれたことにも気づいていないだろうと。
そうしなければ許されない立場を、フランシスコ侯爵家をラドリーは汚した。
……言い逃れのできない周囲の目がある状態で。
そうでなければ、私は真実の愛など言われてもラドリーとの話し合いを放棄する気などなかった。
それだけのつきあいがある、その困難を覚悟してラドリーの婚約者に私はなったから。
「……何が真実の愛だ」
ぼそりとアランの口から漏れた言葉。
涙は流れていないのに、泣いてるような悲痛な響きがそこにあった。
「愚兄が申し訳ありません。そして、失礼ながら一度だけ感謝を述べさせてください」
深々と頭を下げて、アランは告げる。
「……愚兄の婚約者となって頂き、本当にありがとうございます。そのこと、私含め伯爵家全員が感謝しております。そして、その恩を最悪の形で仇として返してしまい、申し訳ありません」
「アラン様、シーリャ様!」
伯爵家で目にした執事が、私とカインの名前を呼びながら来るのを見たのはそのときだった。
カインは頭を上げ、叫ぶ。
「セバルト! ここだ」
「アラン様!」
やってくる執事を確認し、アランは私の方へと向き直る。
「シーリャ様、勝手ながら我が家から迎えの者を手配させていただきました。後は我らに任せて、お休みください。閣下には後ほど父を引き連れ、謝罪に行かせていただきます」
「ありがとう。……一度だけ、ラドリーと話させて」
私の言葉に一瞬迷った後、アランは手を離す。
その下から出てきたのは、今に至ってもなお状況を理解できていないラドリーだった。
その頬は血がにじみ、しかしその痛みさえ感じてない表情をしている。
そんな彼の顔を見ながら、私は迷う。
……どの言葉を言ってもなお、ラドリーを救うことはもうできないと理解して。
だから、ただ別れの言葉だけを告げることにした。
「さようなら、ラドリー」
「シーリャ?」
ラドリーが私へと手を伸ばす。
しかし、その途中でアランが手を叩き落とす。
……それを最後に私は歩き出す。
ラドリーへの執着を見せれば、どんな意味を持つか理解できていたがゆえにそれ以上私はラドリーに振り向くことはなかった。
利用価値があると判断されれば貴族が、ラドリーに残っているのは地獄のような修羅場だけなのだ。
「シーリャ様、こちらへ」
セバルトに案内されるまま、私は歩き出す。
今までの威勢が嘘のように、青い顔でたたずむマリシアが目に入ったのはそのときだった。
しかし、私の姿を見た瞬間マリシアの目に再度敵意が浮かぶ。
「ラドリーに何をしてるのよ! 負け惜しみにしても」
「黙りなさい」
マリシアを取り押さえようとするセバルトを押さえながら、私は淡々と告げる。
「貴女が貴族としてのラドリーを殺したの」
もう、騒ぎを気にする必要もない。
故に私は敵意も怒気も隠さない。
そんな私に、マリシアは呼吸さえままならない。
「マリシア。私は貴女を許さない」
そんな彼女にそれだけを吐き捨て、私はその場から去る。
……それが私の婚約があっけなく終わった日だった。
明日は朝夜の二話更新になります。
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