第三話
「嘘だろ、こんなことが!」
「あのフランシスコ家のシーリャ様が婚約破棄!」
途端、周囲が騒がしくなる。
それを聞きながら、私の胸にあるのは虚無感だった。
……どうしてこうなったのか、と。
今まで自分がしてきた出来事が頭によぎる。
ラドリーを伯爵家の次期当主にする為にしてきたすべてが。
次期当主に、と望まれていたラドリーの弟を必死に説得した記憶は新しい。
兄に譲ることで伯爵家の為になるなら、とそう引き下がってくれた時の彼の顔は私の頭に焼き付いている。
そのすべてを私は裏切ったのだ。
「ラドリー……!」
「遅くなってごめん、マリシア。僕と結婚してほしいんだ。……ようやく、君に僕の思いを告げられた」
「私、私……!」
しかし、なぜかすべてを捨てた当人だけが、その事に気づいていなかった。
にこにことマリシアと話している。
……彼女がここに人を集めなければ、まだ取り返しがついたかもしれないとさえ気づかずに。
「シーリャ、悪いとは思ってるんだ。馬鹿な僕をどうか許してほしい」
「何を言っているの? 貴方は今の状況を理解もできていない!」
「そうかもしれない。……僕も浮かれている自覚がある、冷静に考えられていないかもしれない。でも仕方ないさ」
そう告げるラドリーの瞳は熱に浮かされたような表情で告げる。
「僕は真実の愛、というものに出会ってしまったんだ」
鳥肌が立つ。
変わり果てた婚約者の姿を見ながら、私は思う。
……いつ、ラドリーはこんな能なしになってしまったのかと。
今の状況に気づかず浮かれるラドリーと、そんなラドリーをうっとりと見上げるマリシア。
「真実の愛って何?」
自分の一生をつぶす覚悟でラドリーを伯爵家次期当主にした私。
かたや、無自覚にラドリーの立場をつぶしていくマリシア。
そのマリシアを選ぶのが、真実の愛?
衝撃を隠せない私に、シーリャが勝ち誇ったように笑う。
「シーリャ様、分かります。寂しかったんですよね? それでラドリーに無茶ぶりをしてしまったんでしょう?」
「は?」
「でも駄目なんです。婚約者を縛ってはいけないんです。幸せとはそういうものではないのです」
一番幸せから縁遠そうな場所にラドリーを落とした少女は、背後の令息たちを指さす。
「お、俺もシーリャ様が厳しいとは思っていたんだよな」
「そうだよな。常にラドリー様は怒られていたしな。あれなら婚約破棄も仕方ないよな」
「いいわよね、真実の愛って」
漏れ出る声に勝ち誇ったような顔を見せ、マリシアは告げる。
「これが皆の意見です。シーリャ様は間違えたんです」
……口を開いているのが低位貴族の令息令嬢であることにも気づかず。
彼らが騒いでいるのはこの学園しか社交界を知らないから。
彼らがどれだけ好意的にラドリーをみたとしても、彼らの親の貴族がラドリーを好意的にみる事はないだろう。
そして、貴族社会のフランシスコ侯爵家の力を知る力のある貴族の令息令嬢達はじっとラドリーの方を見ていた。
まるで、これからラドリーへどう接するか判断するように。
「ありがとう、マリシア。僕の気持ちをくみ取ってくれて」
その刺すような視線にも気づかず、のんきに笑うラドリー。
……その高位貴族達の行動を逐一確認しておけ、そう何度も言ってきたにも拘わらずだ。
「改めてシーリャ。悪いとは思っている。でも、はっきりと言わせて欲しい」
そう言いながら私の方を見て、ラドリーは告げる。
「君の思いに僕は応えることが……っ!」
ラドリーの背後、黒い制服に身を包んだ男性が現れたのはその時だった。
その瞬間、何か異常を感じたラドリーが振り返ろうとして、その前にその人影がラドリーの顔面を殴り飛ばした。
「がっ!」
想像もしない衝撃に、ラドリーの身体がよろめく。
そのまま倒れそうになるが、突然現れた人影は襟をつかむことで強引にラドリーの身体が倒れるのを防ぐ。
「っ!」
次の瞬間、そのラドリーの頭を強引に地面に押しつけた人影は。
──そのまま、自分も地面に頭をこすりつけた。
「フランシスコ侯爵家令嬢、シーリャ様。誠に申し訳ありません。この度の不手際は兄、そして私含めた伯爵家の責任です」
頭を上げることなく、そう言い切る人影に、私も驚きながら人影の男性生徒の名前を呼ぶ。
「……アラン」
アズドリア伯爵家次男にして、ラドリーの弟に当たる彼の名前を。
明日から一日一話投稿になります。
本日6時からマリシア視点の短編投稿の予定です!
良ければぜひ!




