第二話
「貴女、私の婚約者から離れてくれないかしら?」
笑顔のマリシアに対し、私の口から漏れたのは驚くほど冷たい言葉だった。
「え?」
私の言葉に対し、マリシアがその大きな目を見開く。
まるでそんな事を言われると思っていなかった、そう言いたげに。
……その実、ラドリーの反応を窺いながら。
「そもそも貴女、なぜ紹介される前に口を開いているの?」
「え、わ、私はラドリーに……」
「私の婚約者をファーストネームで呼ぶのはやめなさい」
私の言葉に、マリシアの肩が震える。
一見大げさなほどに。
……いや、実際意図的に被害者を装っていることに私は気づいていた。
そんなマリシアにまんまとラドリーが騙されていることも。
私は知っているのだから。
ラドリーは優しく、その優しさはつけ込みやすい。
だから、この光景を見た瞬間に私はこの先何が起きるのか理解できていた。
「……やめてくれないか、シーリャ。彼女が嫌がっている」
──それでもその言葉を聞きたくなかった。
「ラドリー様……!」
わざとらしく媚びを売るマリシアを背後に庇うラドリー。
その姿に、なぜか私は泣きたくなる。
……この数年間、泣いている暇もなければ、そんな気持ちになった時もないのに。
それほどに、婚約者としてラドリーを支えるのは大変な日々だった。
私の婚約者としてラドリーを認めない者は、フランシスコ侯爵家の中だけにとどまらなかった。
ラドリーの弟を当主に押す者も多く、その説得の為にどれだけの月日をかけた事か。
「マルシア、大丈夫だ。僕の後ろにいて」
「はい……!」
なのになぜ、その直後にこんな光景を見せられないといけない?
そんな思いが私の心の中、あふれてくる。
しかし、それを私は強引に押さえつけた。
「ラドリー、声を落としなさい。……ここをどこだと思っているの?」
そう、ここは学園だ。
若い貴族の社交の場にして、その裏の親の貴族達の陰謀が巡る場所。
間違っても、そんな場所でラドリーの不貞が噂になる訳にはいかないのだ。
それが分かるように教えてきたはずだ、そういう意味を込めて私はラドリーを睨みつける。
その私の目に、ラドリーが押されたように後ろに下がる。
「やめて、ください!」
……まるで人目を引くようにマリシアが声を上げたのはその時だった。
「それが駄目だとどうして理解できないのですか! シーリャ様のその言葉にラドリー様が傷ついているとどうして分かってあげられないのですか!」
キンキンと響く声。
それに周囲の令息、令嬢達が集まってくる。
それを見ながら、私の胸にあったのは焦りだった。
……このままでは、ラドリーの不貞が大勢に知られてしまう。
学生であれば、ラドリーの味方をするものはいるかもしれない。
しかし、その親の貴族の中でラドリーとつき合うのを許可する人間はいないだろう。
なぜなら、フランシスコ侯爵家はそれほどに強い力を持っているから。
このままでは、ラドリーに待っているのは破滅だ。
「他の生徒も、シーリャ様が怖いって言ってます」
「黙りなさい、マリシア!」
……その危機感から、私はとっさに叫ぶ。
「貴女は一体何を考えているのですか!」
ラドリーを破滅させる気なのか、そう私は続けようとして。
「黙るのは君の方だよ、シーリャ」
──その私の言葉を遮ったのは、私がすくおうとした当人だった。
「君の姿を見て、今理解した。間違っていたのは僕の方だったと」
そう告げたラドリーに、周囲の生徒達から歓声が走る。
……気づけば、多くの貴族が周囲に集まっていた。
その歓声に答えるように、ラドリーが口を開く。
「シーリャ、君に言いたいことがある」
「待って!」
「待たない」
まっすぐに見当違いな視線を私に向け、ラドリーが告げる。
「僕と婚約破棄してくれ、シーリャ」
──自分自身を破滅させる言葉を。
早く書き終わったので、本日三話、明日二話更新にさせていただきます!




