第一話
「ラドリー、また授業をさぼって」
人のいない中庭。
私、シーリャ・フランシスコの口から不満が漏れる。
しかし、その愚痴も仕方ないだろう。
何せ、私の婚約者であるラドリーがさぼったのは、フランシスコ侯爵家の力を使ってラドリーの落第を防いでいる授業なのだから。
「どうして、こんなことを。いくらお父様でも限界があるのに」
フランシスコ侯爵家。
魔獣の存在する魔境から王国を常に守ってきた強大な貴族。
跡継ぎにも恵まれ、フランシスコ侯爵家が社交界でもつ権力は圧倒的だ。
しかし、そんなフランシスコ侯爵家といえど、一伯爵家の令息であるラドリーを贔屓しすぎているとなれば、他の貴族からの反感は抑えられないだろう。
そして、あの厳しいお父様が何度もさぼっているラドリーを許すとは思えない。
「……お父様がラドリーに直接問いただす前に、私が注意しないと」
そうつぶやいた私の頭の中、かつてお父様に叱責された時のラドリーの姿が蘇り、少しだけ笑ってしまう。
助け船を出したときのラドリーの神でも見たかのような視線。
それに大げさだと感じながら、同時に私は思わずにはいられない。
幼馴染みで、婚約者というよりは手の掛かる弟に近いラドリー。
しかし、彼の為に何かするのは私は嫌いではなかった。
……たとえ、その結果私が学園で口うるさい存在として扱われていたとしても。
「とにかく、今はラドリーを連れ戻さないと」
そう言いながら、私は足早に急ぐ。
ラドリーのいる場所を知っている訳ではない。
ただ、私はこの学園で生徒がさぼる場所を知っていた。
そして、そのうちの一つに最近ラドリーがよく出入りしていることも。
「……やっぱり」
よく見覚えのあるくすんだ茶髪。
それを目にし、私は足を早める。
草陰をかき分け、私は先に進む。
そこには私の想像通り、私の婚約者のラドリーの姿があった。
「ラドリー! 貴方また授業を……え?」
そして、そこにいたのはラドリーだけではなかった。
「し、シーリャ! どうしてここに!」
あわてたように私の名前を呼ぶラドリー。
彼は必死に背後にいる人物を隠そうとする。
……しかし、そんなことで隠せる訳がなかった。
そこにいたのは髪を巻いた女性だった。
その女性の名前を私は知っていた。
男爵令嬢、マリシア。
婚約者がいようがかまわず、高位貴族に取り入る要注意人物。
……シーリャ、その女性には気をつけろ。
かつて兄であるハイドから直々に注意されて、マリシアの危険性も理解していた。
故に、私はそのマリシアがラドリーとともにいる現状を受け入れられない。
「シーリャ、彼女は僕の友人なんだ!」
ラドリーが必死に私に声を上げる。
その様子が何より不自然だったが、私にはその不自然さに言及する余裕さえなかった。
私の意識にあるのは、マリシアのほほえみ。
「あら、シーリャ様。お初にお目にかかります」
マリシアの赤い唇から出てきたのは、甘い蜜のような声だった。
そう、男性であれば誰もがひれ伏してしまいそうな。
「でも、私シーリャ様と初めてあった気がしないですわ、なぜかしら」
そう言いながら、マリシアが私の方へと一歩踏み込んでくる。
「そっか! ラドリーからお話聞いていたからだわ!」
にっこりしたその顔は愛らしく、男性が振り向くのも理解できる。
しかし、私は理解していた。
……笑顔の下から放たれる、マリシアの敵意を。
「是非、よろしくお願いしますね、シーリャ様」




