プロローグ
中編程度の新作になります。
よろしくお願いいたします。
「ラドリー。どうしてこの場にいるのか貴様に理解できるか」
淡々とした声が響く。
その声に反応し、小さな彼。
私の婚約者であるラドリーは肩をびくりとふるわせた。
しかし、それも仕方ないだろう。
今、彼が膝をついている相手は、長年魔境の魔獣と戦っていた辺境の守護者。
……私、シーリャでさえ恐ろしい、厳しいお父様なのだから。
「何も答えられんか」
お父様が声を上げて怒ることを私は見たことがない。
しかし、そのお父様が一度ため息をついただけで、空気が凍りつく。
そんな威厳を持った人間、それこそがお父様という人間だった。
「わ、私は……」
お父様相手に、ラドリーは必死に声を上げる。
しかし、まだ子供の私の婚約者にはそれが限界だった。
蒼白な顔のまま、そのまま何も口にできなくなる。
「貴様が答えられぬなら私が言おう。貴様の今の鍛錬では、私の娘の隣にふさわしくない」
淡々としたお父様の声、それはまるで死刑宣告のようだった。
そして、気の小さいラドリーはそれだけで何も言えなくなる。
「そうか。やはり貴様には、私の娘の婚約者は無理か」
その様子にお父様が告げた言葉。
それに、周囲の貴族がどよめく。
ある者はうれしそうに、ある者は悔しそうに。
その中には、露骨に野望を目に映す者もいる。
そんな貴族とお父様の様子を見ながら、私の胸にあったのは。
その方がラドリーも幸せかもしれない、という思いだった。
視線を私はラドリーの方へと向ける。
うつむき、表情も見えない婚約者を。
私は別に彼が嫌いじゃない。
けれど、だからこそ知っていた。
ここで婚約者でなくなる方が彼にとっては安心かもしれないと。
フランシスコ侯爵家の人間になるというのは、夢のある話でも何でもないのだから。
だから私は何も言わずに見守ろうとして。
「……くそ」
婚約者の小さな声を聞いた。
うつむいた顔が微かにあがる。
その顔に浮かんでいたのは、今までラドリーから見たことのない悔しさの表情だった。
その悔しさのままに、ラドリーは父をにらみつけ口を開こうとし。
「なんだ」
「……っ!」
しかし、父の冷たい一言にその悔しさが霧散した。
それもそうだ。
数々の戦場を歩き抜いてきた父に、あのラドリーが勝てる訳がない。
ただ。
「次は勝ちなさいよ、ラドリー」
「っ!」
「私の婚約者なら、父上くらい睨みつけてみなさいな」
ぽかんとこちらを見てくるラドリー。
その表情に場違いな楽しみを感じながら、私は父を睨みつける。
「父上、婚約者の変更の必要はございません」
父上は何も言わない。
ただ、その目が無言で言っていた。
その覚悟があるのかと。
実の娘であれ、父はいい加減な事を言うのを許さないと。
その無言の言葉は嘘じゃない。
それどころか、優しい警告である事を私は理解していた。
……何せ、父上に誰より厳しく鍛えられてきたのが私なのだから。
その上で、私は一切父から目をそらすことはなかった。
「私がラドリーの隣を歩きます」
「その言葉の意味は理解しているのか」
「はい」
背中に伝わるラドリーの視線。
それを感じながら私はうなずく。
「私がラドリーを伯爵家当主にします」
その日、ラドリーは私の真の婚約者になった。
……そのはずだった。
本日と明日は二話投稿になります!




