第四十六話 (サブリナ視点)
「立ち上がりなさい!」
こんな状況にあってもなお、シーリャの目は爛々と光っていた。
先ほど見た、竜の目と同じように。
とっさにシーリャの手をとりそうになって、私は抑える。
シーリャに心を動かされて、それでもなお私は死にたいまま立ったから。
「バーリナが命を懸けて貴女を救おうとしたのを裏切るの!」
──バーリナ。
けれど、シーリャは許さなかった。
想像もしない名前に呆然とした私の手を強引につなぎ、シーリャは走り出す。
「竜に投げたのは、撒き餌よ! 少しの間は意識をそらせるわ! その間に逃げなさい!」
「し、しかし……」
「私を守りたいなら、一緒に逃げなさい! 命を無駄に捨てないで」
呆然とする兵士達にそう吐き捨てて、シーリャは走っていく。
手を引かれ、その後ろをついて行きながら、私の心にあるのは疑問だった。
「……どうして、バーリナの名前が」
「貴女を助けてと私に教えてくれたのが彼女だからよ」
……信じられなかった。
私はそうして巻き込まないようにとバーリナを罵倒したのだから。
それも公衆の面前で。
「そもそも、私は貴女の手腕を買っているわ。貴女をスカウトしたいと兄様にも伝えていたのだから」
想定外だったのは、さらに続けたシーリャの言葉だった。
「……は?」
走りながら、しゃべる呼吸がつらい。
今も死の間際にいる恐怖が私の胸に巣くっている。
けれど、それさえ私の中からは消えていた。
「これからの雪狼騎士団には貴女が必要よ! いいから生き抜きなさい!」
そう叫ぶシーリャもまた、その呼吸は大きく乱れていた。
そして、それでも私を握る手を絶対に放そうとはしなかった。
……目の前のシーリャはただのお人好しなのだと理解したのは、その時だった。
地面が揺れる。
それこそが、竜の注意が私達に戻ったことを物語っていた。
次の瞬間、地面の揺れがどんどんと近づいてくる。
その揺れに、私の中で覚悟が決まっていた。
「ごめんだわ。そんな未来」
「……っ!」
シーリャの手を私は強引に放す。
「そんな屈辱を味わうくらいなら、私はここで死ぬわ」
ずっと、ずっと、私は自分を見て必要としてくれる人を求めていた。
だが、ようやくそんな酔狂な人間を見つけて私は気づいた。
違うのだ。
私が求めていたのは、自分に何かしてあげられる人間ではなく、全てを捧げて何かをしたいと思う人間だったのだと。
そんな人間を、自分の作った地獄につきあわせて、私は笑う。
今のこの状況まで気づかないなんて、私にはやはり才女なんて名前は重かったらしいと。
「……やはり、その名称は貴女がふさわしいわ」
だから、その名前をこれ以上汚す前に私は退場しよう。
迫る竜の姿に、私は覚悟を決めて。
轟音とともに、その頭に氷塊が飛来した。
「───────!」
「人の妹に何している?」
声にならない竜の悲鳴が響く。
そして、竜の方へ走っていくセドリックを見て、シーリャが安堵の息を吐く。
「……よかった、間に合った」
今の私の思考でさえ、シーリャを過小評価していた。
そのことに私はようやく気づく。
「シーリャ、下がってなさい」
背後から、シーリャの肩をたたいて一人の人間が現れる。
──その人物こそ辺境最強の人間、ハイド・フランシスコだった。




