第四十五話 (サブリナ視点)
予約間違えておりました。
申し訳ありません!
悲鳴も出なかった。
身体を動かすどころか、呼吸さえできない。
その間に、その身体の主は姿を現していた。
ゆっくりと身体をその場に現す。
それ、は鱗に全身を覆われた巨体だった。
爬虫類のようなその顔つきを見ながら、私の頭にある名前がよみがえる。
──ドラゴン、辺境の森の王にして最悪の存在と称される魔獣を。
……こんなものと、ハイド様は戦っているのか。
この状況において、私の中にあるのは素朴な思いだった。
こんな魔獣がどうして。
私のもつ笛で呼び出せるのは、低位の魔獣だったはず。
そんな考えが頭に浮かんで消える。
死を目の前にして、私には恐怖はなかった。
不思議に私の胸を支配するのは安堵の感情。
……今になって、私は理解していた。
私は死にたかったのだと。
認めてしまえば、今まで自分のしていたことが無駄になってしまう。
だから私は、シーリャを殺したい。
その為に魔獣を呼ぶのだと思いこんでいた。
だが、私が実際に魔獣に望んでいたのは自分を殺すことだった。
本当にシーリャを殺したいのであれば、低位の魔獣しか呼べないこんな魔道具など使いはしない。
本来であれば、あり得ない杜撰な計画だった理由も、私は理解していた。
竜に見られながら、私は思わず笑ってしまいそうになる。
こんな今になるまで気づかないとは、私はどれほどおろかだったのだろうかと。
それもこれも、ずっと自分の本心から目をそらしてきたから。
……私はあの時、ハイド様に認められた時から死にたくなったのだ。
私はハイド様に救われるべきではなかった。
だって、その時すでに私はハイド様を裏切ってしまっていたのだから。
今になって、かつての記憶。
ハイド様がよこした文官をおとしめ、解雇した時の記憶がよみがえる。
──よくやったサブリナ。
初めて父からもらった優しい言葉。
それを聞きながら、私はずっと自分に言い聞かせていた。
これがハイド様の隣に立つために必要なことだと。
……そんなことあり得ないのに。
そして、許されないことだったのに。
竜の口が開いていく。
異様にゆっくりと時が流れる中、私は呟いていた。
「ようやく」
解放される。
その瞬間、安堵と共に全ての過去の記憶が私の頭から消える。
そして、私は気づいてしまった。
……私に向けられた無数の竜の牙、そこから漂う生臭い香りに。
そのにおいが私の中に恐怖をよみがえらせてしまう。
どうして今更。
揺らぐ覚悟に、私の頭が恐怖を思い出していく。
同時に、私の中にはよけいな記憶までよみがえっていた。
私がハイド様に恋をした理由は、本当はずっと思っていたからだ
こんな状況から、誰か手をさしのべてほしいと。
「──サブリナ・バロランド!」
だから。
だからだろうか。
私に口を向けていた竜が、頭上に飛んだ何かに意識を向ける。
それと同時に私に差し出された白い手。
シーリャの手に、全てを救われた気がしたのは。




